続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

北温泉で自炊泊をした

北温泉は栃木県の山奥にある、いわゆる秘湯と言われる温泉だ。その内部は時代と共に重ねられた増築によって異次元な趣深さを醸し出している。その北温泉の写真をTwitterで見たのは心と体が締め切りに追われて疲弊していた平成最後の夏の終わりのことだった。

f:id:firstlot13:20181003211507j:plain

人間は限界を感じると温泉を求める生き物なので、その例に漏れない私は即座に予約を決行。晴れて〆切翌日より北温泉へ行くことを決めたのだ。
 
秘湯、といっても北温泉への交通手段は豊富であり、最も簡単なのは那須温泉郷までバスで行くことだ。そこから登山道を通り、1キロほど歩くと北温泉が見えてくる。だが一刻も早く温泉に漬かりたい人間のために電車と路線バスを乗り継ぐ経路があり、今回はそれを使った。そっちの方が面白いというのが主な理由だ。

f:id:firstlot13:20181003211657j:plain

面白さの例である霧深いバスの乗換え

その道中の面白さは割愛するとして(文章に残すほどのものではなかった)、かくして霧深い山中を抜けた私と友人は昼前に北温泉に到着していた。
 
番頭さんに驚かれつつ、迅速に部屋を用意していただけたため早速部屋に入る。
 
そこは7畳ほどの純和室というべき和室だ。旅館にあって変質的に愛される窓と畳の間の空間も、広い桟といった塩梅で実にシンプルに存在している。
 
この時点ですっかり満足した我々だが本当の目的は温泉だ。北温泉には「天狗の湯」「温泉プール(と温泉)」「川べりの温泉」と3つのメイン温泉が存在する。
 

f:id:firstlot13:20181003212803j:plain

宿へ至る道横にある温泉プール。色んな人がプカプカ浮いていて愉快だった。夜間に入るのもたまらない

だいぶ一緒くたに書いてしまうが、まず総じて湯が熱い。豊富な湯量が存分にかけ流されているので加水がない。だいぶ覚悟しつつ入る必要があるが、一気に温まった身体を冷ます場所には事欠かない建物なので、総合すると良いお湯だった(成分など詳しい情報はわからない。湯音痴だ)。混浴ベースなので女性客にはしんどいかもしれない。
ちなみに旅先に持って行った「つげ義春と僕」という本にも北温泉が変わらぬ外観で出てくる。著者と同じ建物で旅行記を読むというのはいいものだった。
 
温泉も大変良いのだが、特筆すべきはこの空間だろう。昼というのに薄暗い板張りの廊下はギシギシとうるさいし、壁に貼られた古びたポスター、マンガ読み放題のこたつスペース、そこに居座る猫、受付で今なお現役の和箪笥や建物内に設置された神社など、ディテールがあまりにも細かい。様々なレイヤーの和が混然一体とし建物の空気に漂っているようだった。なにしろ温泉しかなくWi-Fiも受付付近しか入らない建物なので、その濃厚な空気の中完全な虚無になることが出来る(友人は昼から速攻4時間寝るという旅行にあるまじきぐうたらさだった)。

f:id:firstlot13:20181003212616j:plain

f:id:firstlot13:20181003212740j:plain

凄まじい和風ディティール。宿をたゆたう時間はどこか淀んでいてそれもまた気持ちいい

そんな日本人の極致とも言える宿で我々は粛々と温泉を制覇し、爆睡し、漫画コーナーのひぐらしのなく頃にを震えながら読み、あげく自炊場でしこたま鍋を作ってかっくらい日本酒を腹へと収めた。
 
 
かくして翌日の昼、腹に乗っかってくる猫をあしらいながら宿を脱出した我々は道中宇都宮で餃子を食べ、友人宅でボードゲームに興じたのだった。
突発的ながら非常に満足度が高い(そのうえ安い。全部込みで¥12000だった)旅路だった。もし興味がある方がいたら自炊コースを勧めたい(食事に時間を縛られないというのは何と自由であることか)。これを機に自炊宿に行ってみたいなー、と思いつつ。