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東北3県旅行①~乳頭温泉編~

土曜日に仙台で開催されるサカナクションのライブが当たり、都合よく前日に休みが取れたので三日間を使った旅行を計画した。行き先を色々と調べたところ、秋田→宮城→福島の山間をまたがる旅程が可能だと判明したので、それぞれで行きたいところを選び、必要なチケットを手配した。GWの前週なので比較的容易に手配は済み、その計画は朝5時、家のベッドの上から始まった。

 

旅行は長時間に限るというのがモットーなので、移動の朝は早い。始発に近い電車に乗り、東京に向かう。そこから盛岡まで一気に新幹線で北上した。東北地方は朝のうち雨の予報だったが、白河の関を越えた辺りで天使の梯子が雲の切れ間から差し込み、盛岡に着いた頃には青空が広がっていた。

とはいえ、盛岡に特段用事があるわけではない。一度来た土地でもある。とりあえずネットの情報に従い、福田パンという著名なコッペパン屋に向かった。各ブログによると連日行列ができるほどと書いてあったがそこは平日の朝である。並ぶこともなく名物のサラダスペシャルとあんバターを購入できた。しかし購入して店を出る頃には軽い行列ができており、更にはテレビカメラのセッティングも店先で始まっていた。人気店だということには疑いがないようだ。

盛岡の主な産業は宮沢賢治石川啄木であり、特に新婚の家を観光スポットにされている石川啄木には同情の余地しかない。そんなことを思いながら盛岡城跡でコッペパンをパクついていると(サラダスペシャルの辛子レンコンが絶品なのだ)、冷静に何をしているのだと言う気分になってきた。幸い、盛岡から今夜の宿である田沢湖駅までの切符はまだ取っていない。調べてみると予定より早く切符が取れそうだった。今回の宿は乳頭温泉郷である。いわゆる秘境の温泉であり、七つの宿で構成されている。予定ではこのうちの一つに泊まる予定だったが、早い時間で到着すれば他の宿の日帰り入浴を楽しめそうだ。おそらく石川啄木の新婚の家よりは居心地がよく過ごせそうだ。

そうと決まればひとり旅の利点、スピード感を見せつけるしかない。さっさと盛岡駅にとんぼ返りし、秋田行きのこまちに乗り込む。この旅用に買った「スローターハウス5」の中で主人公が護送列車から吐き出された辺りでちょうど、田沢湖駅に到着した。

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田沢湖駅。駅舎はきれいだがなにもない

乳頭温泉郷田沢湖駅のメイン観光地、田沢湖から更に20キロ山を分け合った所にある。昭和に建てられたであろうペンキの禿げた道にかかるアーチ「乳頭温泉郷にようこそ」をくぐりまだ雪が深く残る道をぐんぐんと登り、その道の終点で降りた頃にはバスの乗客は四人ほどに減っていた。この時点で時刻は13時。日は高いが山の空気は寒い。空の青さは気持ち白茶けた青で、目を凝らすと木々の隙間にぽっかりと田沢湖が口を開けている。振り返ると温泉の由来でもある乳頭山が名前に恥じないなだらかな稜線を見せておりしかし山頂はCERO指定のせいか雲に隠されていた。つまり温泉にはうってつけの日だった。

湯巡りも無事できたので、各宿の感想をつらつらと。

 

・妙の湯

和モダンな現代的な宿である。ランチをまず食すために向かった。提供された山菜稲庭うどんはあっさりした味付けで非常に美味い。ランチの後は入浴に向かう。ここの宿は男女に分かれた内湯と、混浴の露天風呂の二つを有している。というか乳頭温泉郷の露天風呂は基本混浴だ。温泉の外では湯巡りする女性のグループをよく見たが、ついぞ露天風呂では見なかった。まぁ仕方なしという感じは否めないが、宿によっては分かれている所もあるし時間で男女を区切っている所もある。妙の湯はそんなことはなくオールウェイズ混浴だ。ちなみに私が入った時には外国人のご婦人がいた。そこは大人なのでそれなりにそつなく入っただけだけど。ちなみに景色はとても良かっま。妙の湯の特徴は鉄を含む酸性湯だ。露天風呂から見える滝も鉄分を含んでおりカフェオレ色の流れが石を錆びさせながら滔々と流れている。内湯にも酸性湯はあり、鉄の澱をすくうことができるほどだ。お湯も良いしとにかくこの宿は雰囲気と設備がいい。そんじょそこらのいろんな意味で素朴な宿に耐えられない人はここに泊まると良いと思う。受付の人がどことなく渡辺いっけいに似ていたのもTRICKファンとしては嬉しかった(?)

 

孫六温泉

ここは少し行くのが難しい。メイン通りから1キロ弱、車一台で埋まるような道を歩く必要がある。秘境を肌で感じながら進むと古びた建物群が雪の中に現れるがそれが孫六温泉だ。温泉の種類は男女別の内湯が一つ、混浴露天が二つ。しかし露天の一つは見つけられなかった。というのもこの温泉は宿の外に点在しているからだ。宿泊したらどうかは知らないがもしこれしかないなら宿泊客は辛いだろう。肝心の湯も、ホスピタリティのかけらもない。五畳ほどの空間の中心に二畳くらいの穴が開いており、相当に熱い湯が溜まっている。入浴というよりも沐浴とか、そういう神秘的な儀式をするようななんだか神聖な湯である。てか露天風呂も露天じゃない気がするし。めっちゃ狭いし。いろんな意味でハイレベルだ。だけど入って五分ほどで汗だくになったのでこういう戦いの入浴を求めるバーサーカーにはオススメである。

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静謐な空間。川の音だけがかすかに聞こえる。

 

蟹場温泉

内湯が二つ(岩風呂、木風呂)と混浴露天風呂を有する宿。ここの混浴露天風呂は宿から少し歩いた所にあるが道から丸見えだし湯も透明なので完全に逃げ場がない、ワニブックスに見つかったら一年通してシチュエーションに使われそうな風呂である(時間によって女性専用になる)。かくいう私も一人だと思って露天カラオケをしていたら気づかないうちにもう一人おじさんが入ってきて気まずくなったりした。

内湯は両方硫黄の湯だ。特に木風呂の湯はアチアチで溜まったものではない。発火するかと思った。熱いのが好きな人にはとてもオススメだ。苦手なら岩風呂に入っておくと良い。内湯まで続く木の通路がそこはかとなくインスタに映える気もする。

 

三つの温泉バフを得て無敵になってから満を辞して向かったのが、今回宿泊する大釜温泉だ。事前に得ていた情報だと「湯が熱い」「食事が少ない」「カメムシがいる」などなんだか散々な言われようだったが、結論から言うとそんなことはなかった。湯は程々であったし、食事はきりたんぽ汁定食だと思えば少なくはない(まぁ念のため弁当を持ち込んだのが功を奏したのは確かだ)。カメムシはいるがそれは日本全国にある。ネコと同じでカメムシはいるのだ。

ここの湯は硫黄系である。底をさらえば柔らかな湯の花がすくえる。24時間入れるので、夜中に酒を飲んで入っても平気だ。入るのは平気だがそこからは自己責任なので酒は控えるように。

そんなこんなで宿に到着後は、一回寝て、食事を食い、風呂に入り、ルパンを見ながら弁当を食った。その合間に「山怪」という山での怪奇現象を集めた本を読み進めた。山奥で読めば雰囲気が出るかなと思ったが、内容は動物に化かされたという不思議な話がほとんどで恐怖系ではなかった(それは前書きにも書いてあるけど)。面白かったのはむしろマタギの分布に関する話で、そっちの専門書を読んでもよかったなと感じた。

牛肉弁当で腹を満たし、南部美人を舐めて気分良くなってから温泉に入ると、えもいわれぬ全能感に包まれる。かつてイスファハーンが世界の半分だと宣った王がいたけれど、温泉は世界の全てである。湯の表面から昇り立つ湯気は風によって形を変えながら夜の空気に溶けていく。カサが傾いだ豆電球がチラチラと揺らいだ光を投げかけている。聞こえるのは源泉が掛け流される水音と眼前に迫る山肌を撫でる夜風の音のみだ。人は1日に六万を超える思考をし、そのほとんどがマイナスな思考だそうだけどこういうところでするマイナスな思考は意外と悪くない。人とは愛とは生とはなんなのかを考えながらしばらく湯を堪能した。

ちなみに翌日、アイデンティティがない!と叫ぶことになる。