続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

正義/分断

「正義とは健康のようなものである」と読んでいる本に書いてあった。(はい。今回は本の引き写しです)

健康とは体内の常在菌とかそういうものの均衡の上に成り立っており一度それが破壊されるとかなりやばいことになる(最近ずっと腰が不安で、かなりやばい)。正義も均衡の上に成り立つもので、それは相互性という原則である。相互性とは「私はあなたを脅かさない」だから「あなたも私を脅かさない」というものだ。

つまり正義は見えないがないと意識されるものである。かつ「あれ/それ正義か」「せいぎがあるかないか」なんてものはどうでもよく「正義は在らないと(作られないと)いけない」ものである。ということが書いてあった。

國分功一郎が「分断が何だって最近はしゃいでいる人が多いが、分断は古来から確実に存在しており分断の存在が問題なのではなく、分断が在ることを認識した上でどうするのか、が問題だ」とTwitterで言っていた。これは正義の問題と似ていると思う。本の中でも「正義」について言い争っている人は往々にして正義のなされ方、手段について言い争っているだけである、みたいなことが書いてあった。Twitterはほとんどそんなものだ。大義について語るようで大義の手段について語ると、大義を語った気分になるのだ。自分があたかも大義の執行者になったような大きい気持ちになるものだ。大きい気持ちは最高なので耽溺しがちである。注意せねばならない。

というような社会的な思考を一段階深く掘り下げてくれる思考を得られる『ふだんづかいの倫理学』、とてもおすすめです。まだ全部読んでないけど。