この記事は『ここ一年で心に残ったベストエンタメコンテンツを全力でオススメする Advent Calendar 2025』8日目の記事だ。
昨日はロスチケさんの競馬に着いての記事だった。自分はめっきり疎いのだけどこういう血統と時代を感じるコンテンツって希少だなぁと思いながら読ませていただいた。
さてこのように多種多様なコンテンツを横断的して書き継がれる2025年のコンテンツアドベントカレンダーだが、何を書けば良いのか迷っているところに突如として現れる巨人、タローマンである。
タローマンについては何回かブログで言及している。思えばTVシリーズが2022年だから、そこから3年、ちゃんと見ていると言えば見ている。そして今年、タローマンの映画が万博50年を記念して作られた。『大長編 タローマン 万博大爆発』である。そのべらぼうな映画について紹介したい。
全体の話をする前に映画の冒頭の話をする。冒頭の映像はYoutubeに公式があげているので気兼ねなく見られる。
どうだろうか。『全く意味が分からない』という感想も無理がない。事前知識なしで見に行った友人はこの時点で『これが…100分も…?』と絶望したらしい。TVシリーズ見た自分もそうだった。そしてこのテンションのまま映画はクライマックスまで駆け抜けていく。そもそもタローマンは真剣な特撮であり監督である藤井亮があまりに個人的な座組で作っているという意味でインディーな画面、発想、仕掛けが画面で炸裂しているところもかなりポイントだ。この時代にインディーな特撮を観ることがそもそもない。
映画のあらすじは、1970年の大阪万博が行われる最中。そこへ、「宇宙大万博」が開催されているという2025年(昭和100年)から、万博を破壊しようとする反万博集団がやってくる。しかしそこに助太刀するように現れた。これまたタイムスリップしてきた未来人「エラン」によれば、2025年の未来でも「宇宙大万博」が破壊されようとしており、それを止めるためには「タローマン」のでたらめな力が必要だという。未来の万博を守るため、CBG(地球ぼうえい軍)は2025年へ向かう……。というもの。
映画を貫く割と太い軸は「べらぼう/秩序」の対立だ。未来の万博は秩序で満ちており、べらぼうなものは明確に街ぐるみで排除されている。70年の一行は未来では明確に「でたらめ」サイドにいる。それすらも凌駕する最大のでたらめがタローマンなのだが、まあそれはそれとして…。その軸を体現しているのが常識アンドロイドであるエランだ。彼はタローマンと脳が入れ替わる事でべらぼうな行動をとってしまい、べらぼう/秩序の両極を持つ存在となる。今作の物語を支えるのは彼の存在なのでそのようになった彼が結果どのような選択をするのかというのには触れないが、作中の名シーンである未来での彼と風来坊の共闘シーン(本当に共に闘っている)は映画のムードをよく表している。言ってしまえばこの2軸は間を取るものではなくどちらも100%なのだ。
このように太い軸を持った物語が展開される傍らでテレビ版で掘り下げが無かった頓知気なキャラが暴れ回ったり(博士のキャラが強い)、唐突にミュージカルになったり、奇獣『明日への神話』があまりにかっこよかったりしつつ、最後物語は意外にも骨太なエンディングに帰着する。「なんか……良い感じか……?」と思っているとエンドロールが始まり、本当のラストはマジで嫌な感じで、ある種最も怖いオチにもなっている。シンプルに「来るな!」と思った。「応援してはいけない上映」では阿鼻叫喚だったのではないか。
また、ここまで映画の話をしたがもう一つ触れておきたい。それは今作に注ぎ込まれた膨大なプロップ、他存在しない記憶についてだ。タローマンはその過程で何回か展示を行っている。NHKでもやっているし渋谷PARCOでもやっていた。そこで展示されるのは作中の小道具だけでなく、あたかもタローマンが1975年にあったかのような実在性を演出するための膨大なタローマングッズ群だ。山口一郎(実在するアーティスト)が所蔵しているとされているグッズは多岐にわたりなんなら毎回展示のたびに増えている。こんな事ばかりしてるから監督が作業で死にかけるのではという気持ちとまあタローマン自体『こんなこと』の塊だしな…という気持ちを同時に抱えられるこの展示が、現在マジのラストとして現在川崎市岡本太郎美術館で行われている。これは行ったほうがいいです。

川崎にあるこの美術館は岡本太郎の作品を所蔵している。岡本太郎は実在するので。そこの一室に『タローマン大万博川崎パビリオン』はある。実はこの展示はフリーで見られるのだが、それではもったいない。川崎市岡本太郎美術館はなんと今年度でいったん休館が決まっているので、この機会を逃さずちゃんと順路に沿って作品を見ていこう。そうして岡本太郎の絵を見ていると表現だな、と思う。岡本太郎は表現をしまくっているので展示には絵、立体、写真、文章、スキーなど様々な表現が出てくる。そのどれもが主張に満ちていて力強い。また作品が鮮やかで生活に密着している(椅子、ダイニングセット……)からか子供の姿も館内には多い。子供の声が響く美術館は結構貴重なのでそういう意味でも生命力がある感じがする。そうして展示を見ていくと、突如嘘が現れる。

『タローマン大万博川崎パビリオン』では存在しない嘘(タローマングッズ)と存在する嘘(撮影に使った資料やプロップ)がごっちゃに置かれている。気を確かにして細かく見ていくと何のために作られたのか意味が分からない嘘のグッズがたくさんある

なんかこう、嘘も物量で押し通せば本物になるという勢いを感じるし、令和にまじまじと特撮の小道具を見ることはあまりないのでその点でも貴重な展示になっている。

と、まぁ映画と美術館の話をごっちゃにしてしまったが、今年有数の規模のインディー映画でありフィクションとリアルをきちんと切り分けられる人にとっては大変おすすめのコンテンツであることに疑いはない。ぜひ2025年の年末はマイナスに飛び込もう。
そう思って電車で帰っていると、向かいの席に親子連れが座った。子供は大事そうに『タローマンクロニクル』を抱えており母親に奇獣のあれやこれやを語っている。おそらく彼の家には円盤もあるのでは無いか。そうしてあの子供のそのまた子供は、親からタローマンの話を聞いて育つのかもしれない。それはもう事実ではないか。本当にタローマンはフィクションなのか?そのべらぼうな姿がいずれ、現実に現れることともあるのではないか……。
明日は諸々さんの記事です!