続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

日記(路上、お邪魔ですか・豚キムチ)

某日
睡眠時間が足りていないせいか鼻風邪の症状が出る。AIいわく自律神経の乱れが鼻に来ているとのこと。昔からこうなのだが最近頻発している。味噌汁に生姜をドバっと入れて風呂に入りあったかくして寝る。


某日
起きるとおおむね体調は正常。晴れの休日なので洗濯機をぶん回した後外出。松涛美術館へ『路上。お邪魔ですか』を見に向かう。渋谷駅から坂を上り若い女性が長蛇の列をなす喫茶店を横目に歩くと特徴的な外見をした美術館に着く。外壁にはpanpanyaのどでかい漫画がある。展示の内容的にも公共と私的が重なり合う路上、そこで行われる駆け引きにフォーカスした展示でありまさにぴったりな漫画である。展示の内容も面白くコンパクトでお値段1000円という割に楽しめるのでお勧めです。最近展示って2000円以上普通にするし。
展示の内容について1つ言うなら路上観察学会の活動がやはり良かった。面白がる、という行為の1つの型を作り上げた活動だろうし、それがテキストサイトやネットメディアに今日まで引き継がれているというのは確かだと思う。いわば俺の感性の祖であるとも言える。かつこの面白がる姿勢が活動後半に自己目的化してしまったのではというエクスキューズまで展示でカバーしているのはさすがだと思った。トマソンの立体模型良かったな。他にも展示のチラシはおしゃれだし、松涛美術館自体が白井氏(ノアビルの建築家)の建築でもあるので回遊しているだけで楽しい美術館だった。
美術館を出た後カフェに入るか否かと思いつつセンター街に迷い込んでしまう。ここまで来たらもう店なんて入れないので帰るしかないという思いをIKEAのフードエリアがこった返しているのを見て強くする。帰りしな駅ナカでワッフルを食べてちょっと元気になる。

トマソンの再現模型、意味がなさすぎる

某日
自炊週間なので豚キムチを作る。
豚肉、キャベツ、玉ねぎをジャカジャカと炒めキムチと油揚げとにんにくの芽を加えてひたすら熱していく。順番も何もないが量の目算を間違えたためキッチンが大わらわとなり汗をかきながらキムチの汁を肉や野菜に行きわたらせることとなる。あと一人で料理をする際基本調理は空腹で行うので料理の全体量は増大する傾向がある。これは仕方ない。鍋をかき混ぜていると大量の料理は祭りに近いと思う。バーベキューしかり芋煮会しかり楽しさの源っぽいものを感じる。
はたして出来上がった豚キムチはおいしいのだが、これは食材が混然となった旨さでありピアノの全部の鍵をジャーンと押している感じがある。一方外食の美味さには料理の単位である食材各々の旨味がレイヤー別に含まれていてピアノでちゃんと曲をつま弾いている繊細さがある。料理は奥深いとわしわしと豚キムチを食べる。ジャーン。ジャーン。ジャーン。

日記(我々は宇宙人・酒器)

某日
ディスコードで『我々は宇宙人』見た方がいいぞという噂を聞きつけたので見に行く。平日だがスクリーンはほぼ埋まっていた。すごい。上映後帰る道すがら、男女が「えっ?久しぶり!」「うわ偶然、この辺住んでるんですか?」と久々の再会を果たしていて、映画の後日談というかテーマの裏返しのようだと感じた。劇中に倣い富士そばに行こうとするも店舗が無くよもだそばでかき上げそばを食べたらおなか一杯になった。
某日
10/1にギリアニコラボのステッカー目当てでブロンコビリーに行く。9月も行ったのだけど普通に勇気が無くてステッカーくださいと言えなかったのでリベンジ。しかも月次配布の初日である。今回はがんこハンバーグを小さく、ライスを大にしてカレーを楽しむ作戦に打って出る。それほどにカルダモンカレーが異様にうまいのだ。あとサラダバーのおかげで白和えが好きになってきている。ブロンコビリーのサラダバーはおいしすぎる。むろんメインのハンバーグもうまい。にんにくの付け合わせを頼んでみるもなんかにんにくはそりゃ美味しいけどそういうことじゃないんだよな…となる。やっぱりがんこハンバーグは塩こそ嗜好…。無事腹いっぱいになり、お会計時ステッカー欲しいともちろんと伝える。ステッカー無事ゲット。やったね。自転車で帰る。
某日
前日のにんにくのせいであきらかに腸が変な感じ。そのアウトプットとしておならが臭くなる。書いてて思ったけどおならってかなりアウトプットだな。こういうことはTwitterで言うんだよ。
友人らと文フリの打ち合わせ。グッズ主体のブースにすることとなる。何作ろうと言っていると夢が広がりすぎプリントクッキーの作り方を調べてしまう。現実に戻ろう。でもイベントで何作るかって時が一番楽しい。

某日
『我々は宇宙人』ミニ感想会を実施。話したのは尖った絵柄でのアートっぽいアニメーションをマスに届けるためそぎ落とした点があるのでは無いか。そのそぎ落とした点が絵柄のディテールによって否応なく想起されている(というのも作品の効力の1つではあるのだが)のではないかという点だった。こういうアニメの2作目って難しいよね~~という所で話は終わり。気合が入ったアニメなのでおすすめです。
某日
恵比寿で行われる益子焼陶器市に行く。益子の窯元が恵比寿に集まるということでかなり大々的に行われているものだ。恵比寿ガーデンプレイスに行くと屋根の下に30店舗ほどが出店しており通路を人が盛んに行きかっていた。賑わいがすごい。特に目当ても無く人ごみに流されてると、益子焼と言っても釉薬の差なのか土の差なのか様々な風合いや色合いがあるなと思う。そうしていろんな種類の焼き物を見ていると自分の興味が質感にあるなと気づき始めた。かわいい絵が入っているお皿よりもどろっとざらっとしている鉢の方が面白い。へらげもの的な表現しかできないが…と、そこでいかにも質感のある器を見つけてしまい、購買意欲が高まる。ぱっと見て全体がつかめないシルエットとポリゴン感のある表面にぬめっとした内側。かなり"質感"である。買えなくもないが使う予定でなかったくらいの金額にぐぬぬとなるが益子に行くことはなかろうと購入。あまり知らない分野でよさげなものを買う経験は人生に必要である。
帰りにかぼすネードなるレモネードのかぼす版を飲んだらやたらにおいしくて感動した。

酒器

 

FRENZ2026お疲れ様でした(イベント感想編・上映当日編)

FRENZ2026全体の感想を書きます。

自作の話はこちら

t.co

8月中旬、あえなく今年もFRENZ全通することとなった。毎年悩むのだけど結局指が勝手にロッピを操作してしまうので仕方ない。今年はスムーズに取れた感じがあり安心。

○一日目

体力をつけるためにいつもより多めに寝る。今年は昼の部の開場が1時間早いため早めに新宿へ。なぜかこの時から異様に緊張しており、さらに前日の焼肉のせいか腹痛の気配があったためドラッグストアでストッパを買い栄養ゼリーを飲んでからの入場となった。昼の部は中央付近に陣取る。OPが流れ始めるとなんとなく緊張が解けてきて鑑賞者モードで楽しめるようになる。休憩中に知り合いの方とあいさつする中でゆたろうさんに「観客として来るの久々ですか?」と聞いたら「名前が無いのは久しぶりだねー」と返され、何の疑いも持っていなかったのに3部の水花子に騙される。許せへんよ。

最近はさすがに出展者の方に声をかけることもためらわなくなってきたので、いろいろ名刺を交換したりする。お初の方も何度か出てるけど話したことない人も色々いるので…。幕間に鴨ロースやらパーティクルフライやらロゴドリンク(メロンソーダ)を飲む。メロンソーダ久々に飲んだけどこんな味だったけな。おいしいな。
1日目夜の部はなぜか整理番号1番だったため長期にわたり階段下に幽閉されることとなる。諸々さんがPAS TASTAのロゴTを着ているなと思ったら諸々さんから「それtofubeatsのサコッシュですよね?」と声をかけていただき恐縮。そりゃ深夜にあんな映像を出す人は音楽好きか(私信:FRENZ後のDJでCapsule→Perfumeをかけてくれてありがとうございます)。出展者列の先頭だったクロイタダシさんと連れの声の方と暑い中を耐え抜き入場。カレーを食べたかったので机がある席に座ると超越少年さんと連れの方と相席になる。出展者と相席になると人の精神が摩耗していく様が見られてうれしいね(暗黒微笑)。キーマカレーを頼んだらめっちゃおいしくて感激した。

珍しく機材トラブルでバタついているスタッフさんを見てなむなむ!と思う。俺は無力だ。その復旧から火砕龍さんが機能美pパロを流すというのもこう、味だった。
また出展者ではない部をどうするかというのは全通の民の悩みだが、ありがたいことに名札を付けているおかげか色々話しかけていただいた。俺は全然過去作の話とかしたいので1度でも出展した方はみんなも名札付けてくれるとうれしいです(俺が)。初出展の方も壇上に上がった後はみんな感想を浴びせたがっているので名札をつけてくれると嬉しいです(俺が)。
夜の部終了後外に出ると外はまさに歌舞伎町真っ只中という感じで恐ろしい。そそくさとささやかな打ち上げのために磯丸水産に逃げ込む(なぜか毎回FLASH周りの方々とささやかな打ち上げをするのが恒例になっている。ありがたい)。お酒久々ですね〜などと言いつつちょっと作品の感想などを言っているともりもりと面白かった短編映画の情報が集まってくるので急いでメモする。みんな作品めっちゃ見ててすごい。終電の都合で解散し、3年連続で泊まるホテルにチェックイン。ひとっ風呂浴びて寝る。

○二日目

隣の人のいびきに悩まされて起床。カプセルホテルの良しあしである。朝風呂に入りハムエッグを食べ仮眠スペースで仮眠をかますまで去年と全く同じ動きをする。その後小雨の中友人の家にお邪魔し近況報告の会を催した。昨日「映像楽しすぎワロタ」と言っていた人間が友人の娘の成長を目の当たりにすると情緒がバグる。まったりと人生の話に花を咲かせ、友人の娘をベビーカーに載せ小雨スプラッシュマウンテンをお見舞いした後に新宿に戻る。電車遅延などでギリ目の参加となったため空腹に加え気が動転したままOPを見て、カミヤミライさんの手書きパワーにひっくり返る。独特な絵柄に全キャラを落とし込むセンスがすごい。1部終了後速攻で一言「すごかったです!」と伝えた数分後にはカミヤさんが出展者に囲まれていて笑ってしまった。そりゃ囲まれるわ。
正直昨今3部まで引っ張られることが多く、今回の動画のチルな感じもあり出順は後半かな〜とは思っていたので前半は気楽に見ていたが(そしてビーフカレーをガツガツ食べていた)、2部でGAさんの映像に食らってからジングルの度に口を開けて叫びたい衝動に耐えていた。2部トリの佐藤さんさんの手書きパワーに再度ひっくり返り、3部前の休憩で手書き鯖仲間のクリオネさんと「心が痛いです…」と悲しみを分かち合っていたのもつかの間、カーギィさんのセロトニンむんむんのチルムービーが上映され「俺がやりたかった夕日はこれや…!」と愕然とする(この後直接カーギィさんとお話した際「コジエズさんの夕日もめっちゃよかったですよ〜」と言っていただき大変うれしかった。東方ボーイの俺も喜んでます)。その後クリオネさんの後に無事名前が呼ばれる。今回は会場真ん中の自席で作品を鑑賞した。楽曲を自分で作ったのもあり、会場の音の鳴りが良いということが如実に分かったのはうれしかった。やんわりさんが身体でノリながら見てくださってたの嬉しかったです。また映像の色もすごく鮮やかで改めて設備の良さに驚いた。上映後、客席からきちんと作品を受け止めてくれた余韻が感じられるような空気と拍手をいただきとても気持ちよく登壇できた。あ!あと登壇の後に自席に戻るときにお声がけいただいた方もありがとうございます!暗がりでどなたかはしっかりわかりませんが初出展時からそういう声すっごくうれしいです!
壇上では持参したメモ通りの内容は伝えられたと思うし、司会のお二人と会話出来たのも良かった(意外と司会の方と話す機会が無く…)。昨年に続き「提出時どんな作品が来るかワクワクしている」と言っていただいたのはとっても光栄でした。実は手数とジャンルの多さで言うとなんとなく高村四郎さんとワタナベナスカさんは仲間(ナカーマ)と勝手に思っているのだけど、直後にワタナベナスカさんが飛び道具で会場を破壊していったのは痺れた。破壊すな。
結果、後半だろうなという読みは当たったのだけど、次の3本が破壊的なコメディと全部盛りインターネットムービーと地上波レベルの高クオリティアニメ(声付き)だったのでさすがにここには足を踏み入れられないよ…と変な笑いがでた。そしてこれらを出展のプレッシャーなく鑑賞できたのはシンプルに楽しかった。というか全体的に2日目夜の部好きだったな…。ウチら、もうダチじゃね?
また、上映直後も部が終わった後も様々にお声がけいただき、知ってる人にも初出展の方にも感謝の気持ちで一杯でした。既知の方から「全部やる勢になったんだね」と言ってもらったり、もう曲を作っている方にも曲を褒めてもらったり作品の要素を全て受け止めてくれる会場の映像リテラシーの高さは信頼に値するぜ。さらっと黒井心さんにもお声がけできyes以外の語彙が残っていてホッとした。

浮かれ気分のまま外に出ると大雨。ひ〜とコンビニや映画館で適宜雨宿りしつつ深夜の部に突入すると、機材トラブルでスタッフの方が場を繋ぐ展開に。すごくライブ感だ。金沢に聖地を自分で作って巡礼する話まぁまぁ変すぎて笑う。イベントのクリエイティブの話も聞けるの助かるのでFRENZスタッフお疲れ様です本を出してくれ。
そして1時間後に流れるのは満を持してのNRFさんOP。正直ここが深夜の部参加の醍醐味すぎて爆アガりした。真っ当に良すぎたな…。深夜の部は眠気との戦いなのだがブルーバードを適宜食べつつ無事完走する。確かここでムラタムウタさんから感想配信の誘いを受け軽く請け合ってtama-styleさんと日程を調整したのだと思う。
あと機能美p新作ありがとうございます。
そして朝、さらっとガストで労をねぎらい合い、雨から逃げるために先んじて帰らせていただく。帰宅後断続的に寝つつ出展作をアップロードするもなんかミスがいっぱいありいやになって翌日の自分に任せる。

〇三日目

起きて午前中にのろのろと自作を修正。実写パートのエフェクトを足したりしてアップロード。昼寝をかまして感想配信に向けリアル感想ポストをまとめ直す。夕飯後ダメ押しで仮眠し、感想配信スタート。ムラタムウタさんに先導していただきつつ言いたいことはおおむね言えたような感覚があった。コメントしていただいた方もありがとうございます。個人的には「感想が無い作品なんてないよ!」と「社会人は映像作れる!無理だけど!」ということが伝えられてよかったです。いや、感想言うと意外とここ俺好きだなとか気づいたりもするんでみんなも8時間話した方がいいですよ!?俺は8時間は無理ですが。

 

そんな感じでFRENZ2026お疲れさまでした。毎年いい経験できてるな~と思いますしそういう場があるのは大変ありがたいですほんと。また出たいな~。

 

FRENZ2026お疲れ様でした(作品制作編)

つなぐこと。リアルはつらくてマジだけど、そのマジさをフィクションだけが超えて、繋げていける

その遠方からその遠方へと

→遠方であるという事実があり、その間に作品が存在し得る(かもしれない)。個と個が触れ合えない、という時に個を越える、漏れ出す器として作品がある。

これは2024年に書かれたメモで、そのままFRENZ2026の1次提出資料の一部になったものだ。
今回の動画はこのことを表現するために作られている。今回「全力投球」したと壇上で言ったがそれは潤沢な時間があったのでもなく技術を底上げしたわけでもなく、こういう1個言いたいことがあってそれを表すという動機ドリブンの制作だったということを主に指している。また、その動機にあった面白さを動画に組み込めた点、新しい挑戦ができた点など結構この動画は我ながらいいじゃんと思っている。具体的には1000やんわりポイントはあげてもいいと思っている。

と言うわけでそんなFRENZ2026新作『MIX Tale』の制作後書を書きます。図らずも今まで制作した動画の振り返り的な要素も含まれるので作品を全部見てからの方が楽しめます。おっと、ここに全作品リストがあるようだぜ

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FRENZ2026の新作はこちら↓

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○まず、面白いとは何か

オタクとして面白いものをたくさん見る中で、いくつか面白い物事に共通点を感じるようになった。逆に言えばそれを達成すれば面白いものが確実に作れるということである。やったね。それができれば苦労はしねェのだが。
まぁ、面白いものを作りたいとき目指すべき軸はいくつかあるということである。そして俺が感じる面白さの一つの軸は「作品のギミックがストーリーと不可分である」というものだ。
前提として、俺はギミックがある作品が…だぁいすき(ハート) 
このギミックベースで作られているのが拙作「りりはこちゃんねるの音MAD」と「1泊二日台湾旅行」である(身も蓋もない発言)。
まぁこの2つは大ぶりなギミックだが、ただそういった物だけではなくMVである、3DCGであるといったジャンルというのも1つのギミックと捉えられる。それぞれのジャンルで出来ることを理解して取り組まれている作品はすべて…だぁいすき(はーと)
だがギミックはギミックである以上うまく決まらないパターンもあり、拙作の2つはFRENZという場を見据えて作っているので(特にりりはこ)、ギミックのみを見て評価とするのは良し悪しという感じはある。
でその良し悪しを解消するための手段が「作品のギミックがストーリーと不可分である」ことだ。ギミックに必然性があり、かつストーリーにも結び付くことで鑑賞者により強力に働きかける作品を作ることができる。
この好例は機能美pの諸作品(『平面惑星』が分かりやすい)であり、他にも枚挙に暇がない。出前さんの諸作品はバラバラというギミックに理由付けを行うことでこのギミックと動画の不可分さを実践されていてすごいなと思っている(勝手に作った定義に他人を当てはめて感心している異常者)。
更に言えばこの構造はコントによく見られると思う。よくKoCの講評で「展開が欲しい」という言葉が出るのはこのギミックに対するストーリー性の深さを求める言葉でもあると俺は睨んでるよ。俺の目は騙されへんよ(ミルクボーイ内海)。
そのよい例としてビスケットブラザーズ優勝ネタの2本目、ファイヤーサンダーのネタがある(キングオブコントの話がしたいだけなのかもしれない)

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散々偉大な先行作品を挙げておいてなんだが、拙作で言えば「LOVE FLAME」や「コジエ's日記」があたるかもしれない。
そして今回の作品『MIX Tale』はこの「作品のギミックがストーリーと不可分である」という構造を上手に達成することを目標としている。作品を見ていただければギミックはDJ、ストーリーは二人のキャラクターが合作することだとわかってもらえるかもしれない。ギミックとストーリーがそれぞれどのように作られて結びついたのかという点を見ていこう。

○ギミック

今回の動画のギミックはDJコントローラーだ。壇上でも少し言及したが元々DJの動画やクラブが好きだったので、2024年にDJコンを購入した。ちなみに購入動機である「全く音楽は出来ないがなんかつなぐだけならできるんじゃないかな!」という思いは手に入れてから破壊され、様々な曲でフェーダーやVFXをいじり遊ぶ機械になった。今はDJコンがSpotify Premiumと連動するのでSpotifyでお気に入りした曲がすぐDL上で再生できるので楽しい。しかしCUE打ちが面倒で全然触れてない。で、クラブなどではDJとVJというのがセットであり曲と映像がセッションのように同期することが多い。これを見ている時に「DJと完全に同期するVJはないだろうか」と思った。DJの中で行われるフェーダーの移動、曲繋ぎ、サウンドエフェクトという行為を映像に同期させるということは、DJの操作で映像を変化させることである。これが今回の動画の着想の1つになっている。

○ストーリー

最初に貼ったステートメントは2024年に書かれていてこの「つなぐ」というテーマはずっと意識としてはあったことが分かる。やはりFRENZで映像と音楽を作る人が合作しているのを見ると「創作は人と人を繋ぐのね」といい気持ちになるのでそういう場を多く目にしていたこともあるだろう。そしてこの「つなぐ」というワードがDJの行うmixと繋がるのはそう難しいことではなく、動画の着想は思えば2024年末にはできていたようだ。その中でつなぐ、混ざるモチーフを映像に入れ込んでいくことを考えて二人の登場人物が創作をして分かりあっていくというストーリーはぼやっと見えてきていた。正直この時点で良い映像になるのではという予感はあったのだが、2025年この動画はいったんお蔵入りとなる。

お蔵入りの理由はあまりに動画における音楽の比重が高かったからだ。ストーリー上DJでかけるための音楽を用意しないと動画は進まないが、音楽を発注するコンテを書くことも音楽がないとままならなかった。そもそも「なんかうまくメロディーが混ざっていい感じに聞こえる曲を2曲ください」という発注を見ず知らずの方にやる胆力が無かった。

そんな理由で2025年には別の動画を出し、果たして2026年何を作るのかと逡巡しているとやっぱこのストーリーをやりしかないか〜となった。良い映像になりそうという予感と、DJのギミックを先取りされないかという恐怖感がせめぎ合い、じゃあやったりますわとなったのがおおむね今年の3〜4月である。そこからは音楽の問題を棚上げしてBPM125のメトロノームに合わせてコンテを切っていった。その中で登場人物に色を設定することや、それを最後の夕日のカットに重ねるためにオレンジと紫にすることや今回のシンプルなデザイン、部屋の間取りやルックを詰めていった。

上映後に書き散らした設定をまとめたもの

キャラデザにもう少し付記するとデザインで目指したかったのはRYU OKUBO氏のアナログ感だ。しかし結果無理だったな…。

RYU OKUBO ART STUDIO|オオクボリュウ

で、FRENZ2026の募集が始まって1次提出をする段になり、もう背水の陣で曲を作ることに決めたのが7月である。

○AI

話は少しずれるが、今年のFRENZでも多く見られたAIの利用について。今回自分の制作にもAIを大いに頼っている。まずやりたいことの相談。そして欲しいルックを作るためにAviutl2で使えるプラグインの自作までお願いしている。個人的に今年ChatGPTに課金してかなり蒙を啓かれたので、バンバン実現したいことを聞き連ねてアプリを実装した。こうした今まで触れてこなかったものへ大きく手を入れる際の補助としてAIは非常に便利である。ちなみに画面で描線をぶらしているスクリプトが自作のものです。
あと制作の最終盤で何故かエンコードがうまく出来ず、最終提出1時間前に冷や汗をかきながらAIを激詰めして最適なエンコード設定を聞き出したり、それでも黒バックの画面が真緑になる現象が解決できずAIに動画を直接いじってもらって黒バックに切り出してもらう等かなり助かった。
個人的にはAI生成物を直で画面に出すのは美学的にまだ受け入れがたいが、こうして裏で使う分には良いと思う(さらに言えばあまり壁打ち用途でも使いにくい気がするのだけど、それは壁打ちに期待しすぎているだけかもしれない。自分の考えの輪郭を太くすることには向いています)。
そしてこの曲を作る段になってもAIに頼る局面は多かった。

○曲

最初に言うと曲はSpliceの素材をReaperで並べて作っている。ここまでにSunoやBandLabなども触ったがAIと検討してこの形式に落ち着いた。SpliceとReaperをどう使うのかというのはぴーなっつくんのこれが分かりやすい(さすがにReaperは使っていないが)。

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素材を探して並べてパートごとに曲を作る。一切ドレミファソラシドやコードやキーが分からなくても好きな素材を並べると曲になる…っぽい。ここでTHREE THE HARDWAREを全シーズン視聴した経験が生きるとはね…。

youtube.com

でも今までかっけ〜と思っていた作曲家の方々と曲がりなりにも同じ行為を行えるのはミーハーな楽しみでもあり作曲行為はなかなかに楽しかった
曲の素材サイトは数あれどSpliceのいいところはSplice上で素材を重ねてBPMを調整できてそれをステムデータ(素材ごとに調整済のデータ)で吐き出せることだ。これをそのままReaperに張り付ければBPM調整すら必要ない。
Splice上で無数に素材を組み合わせて没曲を量産できるのは初心者としては助かった。
で、こうして環境が整ったとして果たしてどんな曲を作るのかというのが問題だった。そこでコンテで考えていたラストカット、夕日のシーンが効いてくる。もともとこのシーンにはSTUTS『Orbit』のジャケットというリファレンスがあった。

stutsbeats.com


STUTSのジャズ×ヒップホップ的な音楽性はライブに行くぐらいには好きだったし、あまりFRENZでこういった音楽性のチルっぽい音楽は聴かないなと思いこの方向性で行くことにする。そしてAIに聞きつつSpliceでRnBとかHipHopとかChillとか書いてある音源を漁って組み合わせたのが作品で使った音楽だ。
本当はSTUTSっぽいエレピのエフェクトやシンセの感じを入れ込みたかったが、動画の締めのところでちょっとできたかなくらいだった。でもReaper上でエフェクトを挿す(この表現音楽独特すぎる)ことやトラックのFXをエンベロープで調整する等の試みも出来たので満足している(動画で言うとX軸の数値をいじってオブジェクトを移動することができました、とかAviutl2で画面ごと「震える」エフェクトをかけましたという感じ)

STUTSを目指した結果として作中でも紫の人がMPCを叩いている。音楽は橙の方担当だが、紫は器用貧乏なので言われるがままに叩いている…という設定。あと橙がベッドの上で機械をいじっているのはサカナクション岩寺氏の『ヒトリテクノ』という企画のパロです。

○DJ

こうして曲ができたが、作品の中ではその2曲をDJコンというギミックに合わせて様々にいじる必要がある。そうしたDJっぽいエフェクト(曲繋ぎ、フィルター、スクラッチ、リバーブ)がかかっているところは基本DJコン上で行っている。DJ KOOの動画とか見て勉強しました。しかし操作が拙すぎるためDJコンのプレイを録音して更にReaperで調整したりもしている(スクラッチは生スクラッチにスクラッチの素材を足しているなど)。触れば触るほどDJをリアルタイムでやっている人間の脳内が怖くなってくる。あと実写パートの手つきは完全に嘘です。

○1次提出以降

今年も無事1次提出を通過し出展が決まったため、映像と音楽を同時に進めていくのが8月だった。
ただそれぞれの方向性が決まっていたことと事前に大まかなストーリーが決まっていたこと、またキメのギミック(A→Bの曲の移行・ラストの夕日のシーン)が決まっていたことが幸いし、力の入れどころを調整しつつ進められたのは良かった点だった。また絵についてもキャラはシンプルにした上でかつ部屋の描写などは好きなものや欲しいもののみで構成したため、基本的に作画は楽しかった。それはそれとして絵を描くのはつらいのだけど。
完成作品への様々な感想でこの辺で工夫した点はすべて報われているので特に特筆することは無いのだけど、1つこだわりとしては最後のシーンで完成作に「1いいね」が付くシーンはあえて視聴回数を映していない(視聴回数の前にいいねが付くことは現実ではありえない)。これは作品は視聴回数(インプレッション)ではなく感情を動かすことが目的であろうという俺の考えを反映している。いいねもインプレッションと言えるかもしれないが元来いいねとは心から物へ親指を立てることであるからだ。作中で二人が作った作品は作者である二人が肩を並べられたという時点で本懐を遂げているという風に見てもらえたらとっても嬉しい。

○実写

一応実写についても少し。実写部分は海外のDJmix動画の始まり方をパロっている。

www.youtube.comもともと自室で撮った映像にしていたが、普通に恥ずかしいためレンタルルームを8/31に借りて急遽撮影を行った。また会場公開版では全くのノンエフェクトだったがネット公開にあたりエフェクトを足している。やはりスマホそのままの映像は少し加工しないと恥ずかしい、、。あと実写→アニメの繋ぎは二口コンロってDJコンに似てるよねというだけのやつです。

 

そんなこんなで修正期間までフルで使い、映像は完成した。作りこめなかったシーンは多々あるが、最後の夕日のシーンがまぁいい感じに出来たのですべてを許した。

そういえば先日の感想配信で今回の作品が「ワイルドカード」だったのではという話をしていただいた。
※ワイルドカード:創作者が自身の創作の源泉をさらけ出し作った渾身の一作を指す。創作者は他人のワイルドカードを見ると死ぬ。
ありがたいことだが、長年FRENZに来ていて(さすがに8回出展しているのは長年と言わざるを得ない)思うのは自分のワイルドカードの無さである。創作というものに人生を賭したり活きる指針を見出したり救いの福音を聴いたりするハイパーMAX創作者がひしめく魔窟で、何のポリシーも無く社会性フィルターを被り日々を過ごして時たま白ご飯を炊いたりしているだけの俺が何をできようか。そういう思いを本当に抱えて毎度出展しているのだが、最近思うのは、俺に創作の動機があるとして、それは創作者への憧憬ではないかということだ。そして創作者が好きな人が創作をするということは創作している自分がその局面において好きだということでもある。俺は創作者が好きだ。そして創作をしている自分も、結構、まぁまぁ好きである。
ところで『メタモルフォーゼの縁側』という漫画がある。主人公はあるBL漫画のファンであり、ひょんなことから近所のおばあさんとその漫画を通じて友達となり、更に初めて漫画を描き創作イベントに出ることとなる。受験のための塾通いと偽り日々おばあさんの家で漫画を描く主人公に、おばあさんは声をかける。

漫画描くの 楽しい?

主人公はこう返す。

…… あんまり楽しくはないです 自分の絵とか見ててつらいですし

でも 何か…やるべきことをやってる気がするので

悪くないです

(メタモルフォーゼの縁側 4巻)

つまりはこういうことなのだ。俺はありもしない義務に突き動かされて液タブに向かっているし、そう望んでいる。もしかしたらこれは、インターネット用法における自己肯定感とか承認欲求とかそうした言葉に押し込められる感情なのかもしれない。でも冒頭のステートメントの通りなのだ。俺たちフィクションオタクには遠く離れあっている個を繋げられる作品という言葉がある。現実オタクの四文字熟語とか五文字熟語ではない、1分〜5分の新作映像という言語が許されている。俺はオタクだからどうしても話してしまう。その言語がたまたま作品という形をとっているだけなのだ。だから、今年もご清聴ありがとうございました。またなんかあったら話でもしましょう。

ぽくなるべきである

ぽいよね、と言われることがある。絵に、作品に、言葉に、服に、生き方に。何かがあってその近さで価値が図られる在り方である。そしてその在り方は何故か低く見られる傾向にある。オリジナリティがない。オマージュにすぎない。パクリである。とみに昨今のAIが席巻する世の中ではそうかもしれない。何かに近似した別のものは指先一つで生み出せるからだ。ジブリっぽい絵柄なんてものをだ。

しかしぽいということはそのものではないということである。WEBにおいてコピーアンドペーストはそのものをそのまま増やす技術を発明した。そしてそれはだいたい怒られる。そのままパクってはいけません。ではコピーと似て非なるぽいとはなんなのか。今それが様々なメディアで問題になっている。

ぽい事の怒られポイントはいくつかあるけど絞って言えばその一つに労力のかけなさがある。ゼロイチではない借り物のアイデアを参照して作られた紛い物であるぽいものは怒られがちだ。それは裏を返せばこの世界でオリジナリティが唯一無二の価値であることを示している。そしてその価値は我々にもあるらしい。我々一人一人はもともと特別なオンリーワンだからだ。

ところで俺はこの考え方に懐疑的で、ぽい事は価値はないタイミングはあるにせよ批判されることではないと思う。というか、心意気次第では価値があるとすら思う。

そもそも始まりにおいて我々は絵に、作品に、言葉に、服に、生き方において何かに憧れる。事物に自分なりの価値を見出したとき、同時にその何かにはなれないことにも気づく。そのなれなさ、唯一性が俺を惹きつけるからだ。しかしそれでも惹かれてしまう。唯一のものに惹かれる俺はどうすればいいのか。それはぽくなるしかない。見様見真似のぎこちない動きでぽくなったり、ぽいものを生み出したりする。そしてそれそのものとの彼岸の距離に絶望する。なんだこれ。ぽくもない。やめやめ、はーーーー……。そしてまたそんな事を繰り返す。赤子が世界での身体性を獲得する過程には必ずミラーリングという反復がある。身体はぽさで出来ている。それならば冒頭に挙げたカルチュラルな物事も初めはぽいに決まっている。

そうしてぽいことを繰り返していくうちに我々はもともと特別なオンリーワンになれるのか。結果、なれないのではと思う。我々は未だにぽさの集合体で、よく見ると細かいぽさがぽいことをしているだけだ。極端にいえば社会性とはぽさである。ぽくない奴はつま弾かれるのだ。ぽくあることはシグナルを発する。ぽくする理性はあるんですよというシグナルだ。

しかし古くは量産型女子なんて言葉があったように特にインターネットでぽくあることは蛇蝎のごとく嫌われ、ぽい事は犯罪に近い行為とされる。そもそもグタグタこんな事を書いているのは「ジムニーとかカングーとか乗ってる奴は全員髭で黒縁メガネだ」みたいなツイートを見たからだ。うんざりである。前はおじさんデザイナーが白シャツ黒ぶち眼鏡だとか就活生はみんな同じ髪型だとか、ずっっつと同じ話をしている。いや、就活生に対しては百歩譲ってわかる。それはもうそういう事を言っている奴は確実に就活生にはなれない立場だからだ。しかしおじさんのぽさをこき下ろすのはちがうだろと思う。我々は現在進行形でぽい奴なのであって、これからも色んななことをぽくやってくしかない。その時に自分がおじさんになった時の択をぽいwとか冷笑に伏してていいのか。ぽくもなれない奴に何ができるというのだ。

そもそもぽい事がラクな道だと思ったら大間違いである。ぽくすることがいかに大変かというのはテキトーな絵をトレスすればわかる。トレスすら難しいのに模写をぽいなんて言えるんですか。ぽくなるためにはそれ相応のリスペクトが必要なのだ。サカナクションのライブにいる山口一郎みたいな男は山口一郎が好きでぽくなっている。表情をなぞるぽさとは違うのだ。

ぽさはシグナルであると書いたけど、逆に言えばダサさはノーシグナルなのではと思う。何もシグナルを発しない事はダサくなりえる。冷笑はダサいのだ。生とは何かのシグナルを発することであってほしい。ぽくある事が生である。そして本気のぽさは何かに拓かれる事がある。その時あなたのぽさはもしかしたら誰かの憧れになり得るかもしれない。その時あなたは「オリジナリティがある」と評されるかもしれない。

まあなんというか、ぽくあるべきであると思う。ありたい。何かに対してぽいと言われる事は憧れの一片を掴めたということだから喜んでいい。ぽくもなれないのが普通だ。多分。そしてぽくあるべきなら、ぽいものを否定はできない。相互のぽさを認めていこう。思ったよりもぽいっていい事だ。だから何年か後、俺が黒縁メガネに真っ直ぐなつばのキャップでヒゲを生やしてもそんな目をしないでくれ。

日記(まどかマギカ・作業)

某日

商店街を歩いているとどしゃぴしゃと雨と雷が降ってきた。足らず八百屋の軒先に避難。様々な人がいろいろな店の軒先に避難する中決然と自転車をこぐ人もいた。カッコいい。すべてを捨てたまなざしをしている。あまりに雨がやまないので少しでも先に進もうと向かいのクリーニング店の軒先に移動するために飛び出した瞬間特大の雷が空を二つに割り、動きが止まってしまった。そんな号砲みたいに鳴らなくてもよいものを。結局ずぶぬれになり、靴下だけセブンで買って帰った。ついでにスプラトゥーンの一番くじをやったら特大のトートバックが手に入り差し引きハッピー。

某日

友人と魔法少女まどかマギカ〈ワルプルギスの廻天〉を見に行く。劇場は満席であまりにコンセッションも混んでいた。よもぎ餅を事前に食べていたのでそこはスルーしどでかい色紙を渡されて入場。結論面白かった。話の筋は置いておいて濃厚なまどかマギカ感を浴びることができ特にEDが良かった。そして劇場の照明が点いた後のオタクの感想が今にもはち切れそうな空気感。これは映画館の醍醐味である。退場時次の回の入場列とすれ違うのだけど感想を言わないのに必死だった。日比谷で見たので感想会をしに東京駅方面へ歩く。友人おすすめのタコス屋はなんだかパーティーなのか人が鈴なりになっていた。お好み焼き屋でしばし語らう。お好み焼きとモダン焼きをぺろりと食べてしまった。

某日

締め切りのため3日間ほどこもって作業。うーうー言いながらなんとか出来上がるもエンコードがうまくいかないためあらゆることをChatGPTに聞きまくって提出。ChatGPTがないともう困ってしまう。

某日

脱稿したので肉を食べに行く。おいしかった。

 

日記(PAS TASTA・ピーナッツくん・group_inou)

某日

ライブに行くため早いシフトで出社。いつもなら寝ている時間に会社にいる。これほどに早く通勤するとまだギリ涼しい。

仕事を蹴っ飛ばして退勤。週末のオールナイトクラブから眠気が続いており目が痛い。打開策として山手線に遠回りに乗り込み少し寝る策に打って出る。最近寝ることに暇がなく普通にネカフェとかで人と会う前に寝ている。てか通勤退勤も95%は寝ているしなんかもうという感じだ。おかげさまで少ししゃっきりして横浜に向かう。ZeppKTでPAS TASTA&ピーナッツくん&group_inouのスリーマンを見るためだ。横浜駅でロッカーを探して改札内に2回入ることになってしまうも、その後時間貸しの安いロッカーを見つけてしまう。俺はライブハウスのロッカー事情をいつも見誤って過大にロッカーに金を払っている。最寄り駅のコンビニでレッドブルのすだち味を買って飲む。しゃっきりをブーストして会場に向かう。

PAS TASTA&ピーナッツくん&group_inouのスリーマンが去年行われたことは知っていて

正直ピーナッツくんはあんまり知らないのだけどほか2組はやはり勢いがあるし見ておかねばなという気持ちで今回申し込んだ。会場には前回のグッズを身に着けてる人も多くでも全体的に若い客層なのかなと思った。男女は結構いい配分。ドリンク列でなぜかアルコールの列に並んでしまいほろよいを頼むも強いほろよいだったので騙された気持ちになる。フリー入場の時間帯だったので割と後ろの方で待機。ほどなくPAS TASTAのライブが始まった。

PAS TASTAの『THE CAR』は名盤だと思っているので始まりから最高だったしyuigot氏がとにかくギターソロを弾きまくっていてすごかった。このライブの後どこかで「hyperpop的な音楽性を持った電子音楽は世が世ならパンクだっただろう」という文を読んだがこのライブでのPAS TASTAは結構そんな感じがしてロックでパンクだった(なぜかこの感想はgroup_inouのMCで回収される)。こういう人たちが若い音楽を引っ張っていくんだろうと素直に感服してしまった。新曲もよかったし。ただ横のお姉さまはスン…としており代わりと言っては何だがというほどには踊った。スリーマンなのでそういうこともある。

ライブが終わって暗転設営の間トイレに行き、ピーナッツくんを見る。ピーナッツくんはMU2022?ぶりだったけどあの頃からPOP界における格がぐんと上がっていてエンタメ力がすごく、俺のような門外漢でもかなり楽しめた。会場のファン数は一番多かったのではというほど場内が盛り上がっていて、こういう人がジャンルを横断して音楽をやる意味ってすごくあるよなとちょっと感動した(PQとか結構そういう側面があると思う)。あとドープな音楽性がライブハウスだと適度にポップになっており踊れて楽しかった。委員長のドラムン気持ちよかったな…。あと幾多りらのボーカルデータはもはや縁起物である。映像もすごかったしカルチャーの寵児って感じがかっこよかった。

そしてトリはgroup_inouである。結論group_inouが一番かっこよかったし食らってしまった。ネットだと妙な歌詞やAC部のPVで知られる存在だが(そしてそんなノリで俺も見に来たのだが)まごうことなく本人たちの音楽は本気でありそのガチな空気を二人で会場に轟かせる様が本当にテクノヒーローだった。ボーカルの声の質は唯一無二であり複層的な感情が感じられるしそこに骨太な電子音。なんというかすげーパンクでロックだった。最終的にそこから「海が…近い!」という強引なフリでTHERAPYに突入しイルカセラピーを受けてしまった。いや、とてもよかった。活動再開してくれてありがとうという気持ちに早くもなってしまった。

終演後感動のあまりライブタオルを買って帰路につく(青くてかわいい)。横浜駅でやよい軒の気分じゃないかもと思いながらやよい軒を食べて帰った。