続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

街の機微に気づかず

ひさびさに帰りの電車でよく寝た。家に人がいなかったので、外食の気分になり最寄りの駅周りを自転車で乗り回してみた。

 

なにを食べようか思案しながら夜の街を走ると、気づかなかった変化に気づく。古本屋は串揚げ屋になり、中華屋は唐揚げ屋になり、パン屋はタピオカ屋になっていた。

長く住んでいる街にはぽこじゃか家が出来て随分と様相が変わったななんて思っていたけれど、その変化を正確には把握できていなかったらしい。本当に様変わりをしているのだ。

結果ラーメンを食べて帰っていると、通りがかった公園で夏祭りをやっていた。地域の名前を織り込んだ音頭をヤグラで踊る人々の影は唯一覚えている記憶と一致するものだった。

しかし、その祭りにも屋台がほぼなく、自治体が飲み物を売っているのみになっていた。テキ屋が摘発されたのが響いているのだろうか。

時代に取り残されないように自転車を踏む足に力を込め、帰った。

日記を読みたい

日記が好きだ。人の何でもないブログを読むのが好きだ。

そう言って自分はそんな感じの文章を細切れにしてTwitterに投げつけている。いや最近はそれすらもなく、「あれあの時何してたっけ」とTwitterを遡っても「つらみ」みたいな呟きしか残っておらずライフログとしてのSNSの脆弱さを感じている。

 

この日常というのは本当に「商店街で買ったさつま揚げ美味しすぎた」みたいな事だ。Twitterでこんな文章を見ると嬉しくなる。最近だと「ウクレレを買って毎日練習をしています」という呟きは良かった(もし書き手がこのブログを見ていたら勝手に書いて申し訳ない)。フォロワーがウクレレを買って練習しているのだ。こんな良いことばかりであってほしい。

 

これらの何の意味も文としては持たない仕草、行動が好きなのはそれが人の心を打てると知っているからだ。ネット社会はとかく文章が上手い人が多いので、書いていることに意味を見出しがちだけどそんな解釈がなくても良いものは良いのだ。人は人に心を打たれるし、逆に人の心を打つことができる。

 

と、唐突に思ったのは「誰もが発信者になれる」時代なんて呼ばれて久しいなと思ったからだ。その結果は見ての通り、「誰もが発信者になれるわけではなかった」というのが分かった時代だった。

発信というのは口を開けて言葉を発音することではなく、発信するに足る下地があっての事だなんてのは石を掘って言葉を残した時代には当たり前だったのだろうけど今や親指一つで文字が打てる時代、発信欲は発信という行為に追い越されている。何かあれば、何もなくても意味のある言葉が渦巻き、様々な思いを湛えた大海を巻き上げ膨張し全く関係のない場所に豪雨のような思いを降らせ消えていく。

SNSには意味が溢れ過ぎている。意味の自家中毒だ。意味を持たせれば別の意味に突っ込まれ、無意味と言われる。意味疲れ。意味の飽和。

 

意味はもう良いのだ。事件が起こって、それに対する色んな意味が錯綜している。もうたくさんだ。事実が大き過ぎてそれを切り分けるには大きな意味が必要で、それはコモンセンスの何かだったり大義だったりする。そんなデカい刃物は一般人では降りかざせない。ソーのハンマーが重すぎるのと同じだ。大義を振りかざしましてや人を事象を斬るには大変なトレーニングが必要だ。そのトレーニングを積んでいない場合、それは大義を発信するに己が足りてないということなのだ。知が足りない。思慮が足りない。視野が足りない。全てだ。巨人の肩にすら乗れていない。

 

意味を持った言葉を発するのは怖いことなのだ。と思う。誹謗中傷だけでなく、全ての言葉がそうなのだ。

だからではないけれど、小市民な自分は行動をするしかない。他人には意味がない人生を重ねていくしかない。もしくは大義を掲げるトレーニングを積むのが良い。どの巨人に乗ろうかなと探すことから始めるしかない。それも意味のない人生のワンシーンだ。

だから、他人に意味のない、自分に意味のある、人生が綴られた日記が好きだ。自分はそれに動かされるかもしれないから。

 

 

神はサイコロを振り、俺は2羊を受け取る

ボードゲームが盛り上がっている。昨今友人と集まってやることと言ったら手を替え品を替えサイコロを振ることだし、オンライン上でももっぱらサイコロを振っている。賽は投げられっぱなしであるし、神はサイコロを振らないという言葉を見るなら俺(達)は神ではない。

 

ボドゲカフェに行った時も人がたくさんいたし、更にその年齢層は20〜30歳の間に概ね収まっているように見えた。これがボドゲが局所的なブームだという裏付けなのか、ボドゲカフェに来てボドゲをやるなんてのはそんな青二才のすることなんだよという裏付けになっているのかは分からない。共すればボドゲカフェはメジャな相席屋のような使われ方をしているのかもしれない(その場合、求めているのは出会いなのかトークンなのかという問題はある)。

 

このアプリゲームの群雄割拠、戦国時代、激戦区、しのぎを削る、様々な言葉で形容される過激な時代に何故ボードゲームが人を集めているのかは分からないけども、その一端はコミュニケーションにあるのだと思う。その急先鋒が人狼である。もはや一大コンテンツの人狼だけども俺から言わせればあれはゲームとして精彩を欠いていると思う。何故なら俺が勝てないし、上級者が難過ぎるし、何より俺が勝てないからだ。

そも勝負とコミュニケーションを両立させるのはなかなかできた人格者しか出来ない話だし、コミュニケーションを求めるのであればそこをちゃんと作ってあるゲームシステムを求めるべきだと思う(バラエティでよく行われるあれそれとか)。

ボドゲカフェでもこの手のコミュニケーションゲームは数多く行われていた。

 

ボドゲに関する先ほどの一端、という表現のもう一端を言うのなら、それはシンプルにボードゲームだ。勝ち負けがある、ゲームである。

自分は専らこっちの沼にいるしこっちでも勝てないのだけど、こちらをやっている。やる事はシンプルだ。黙って考え、サイコロを振り駒を進めカードを引く。

その動作には空白があり、その空白が大事ではないかと思っている。

つまりボードゲームは楽しい。勝てないけど。

名前を変えた

一番くじ。という名前で7年ほど活動をしてきたけれどもこの度「コジエズ」という名前に変えた。

 

ネット上の名前なんて意味はないのだけど、「一番くじ。」という名前は初期も初期、Twitterを始めたてのときにネットで募集し当時の先輩がつけてくれたものである。そんななんの由来もない名前で活動してきたのだからまぁ雑な感じだなとは思うのだけどそもそもそういう固有名詞を考えるのが苦手なのだ。オリキャラの名前とかもあまり考えない質である。

しかし一番くじ。という名前には「名前検索がし辛い」「呼びづらい」「商標に引っかかっている」という様々な問題があり、新しい名前を考えていた。

コジエズという名前は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のコジエズである。

別にこのことわざが特別好きというわけではないのだけど、ラジカルガジベリビンバシステムという劇団があってこの名前が好きだった。これと似た響きのものを考えたときにコケツニコジイランバコジエズはどうだろうか、ということを考えていた(どうだろうかというほどのものではない)

多分コジエズはここから来ている。

 

とにかくそういうことなので、今後よろしくおねがいします

東北3県旅行③〜ダリ美術館編〜

朝の6時、目を覚ますとゲストハウスは静かな寝息に包まれていた。流石にこの時間に出る人はいないようだ。手早く荷物をまとめ、チェックアウトした後はバスターミナルに向かう。行く先は郡山だ。

バスターミナルの場所を探すのに苦戦したが、無事乗車は出来た。始発便だからか車内に人はまばらだった。2時間の行程の内半分を寝て過ごし、もう半分はうつらうつらしていた。8割寝ていた。

郡山駅にも来たことがある。以前ここに旅のトランクを忘れ、余った18きっぷで単身取りに行ったという意味不明な思い出がある。日本には宅急便があるのに。とはいえそんな郡山駅に着くと全く人気がない。郡山市民はみんなニチアサを見ているのだろうか。レンタカー屋に行き、レンタカーを借りる。向かうは猪苗代湖の更に奥、諸橋近代美術館だ。

美術館までは郡山から一時間半ほど。高速道路を抜けるとひたすら山道を登っていく。初日の乳頭温泉へ向かう道を自分で運転するような感覚だ。クラスが一番低い車なのでアクセルがへにゃへにゃだがなんとか上っていくと、モダンな建物が姿を現した。

 

諸橋近代美術館はサルバドール・ダリの作品を所蔵する美術館だ。ダリの作品は日本にあまりなく、福岡の方に少しあるぐらいらしい。ダリは何年か前に東京でも回顧展を行っていたが、あまりの人の多さに行けなかった悲しい過去があるのでこの美術館に来るのは念願だったのだ。

ダリと初めて邂逅したのは高校生の時である。無駄に広い学園の図書館の隅に美術書のコーナーがあった。大判で世界各国の芸術家の絵が載っているような本だ。選択科目で「芸術」を選んだ私は(「音楽」は何もできないし「書道」は字が下手なので選ばなかった。一番人気は書道だったし、私が頑張って書いた字の評価をやる気のなさそうな運動部のお歴々が仲間内で書かせた作品で超えていくのを見ているのが耐えられなかったからだ。いや、本当は本当に字が下手だからだ)模写の課題の手本にする絵を探していた。なんだか淡い色使い間面倒そうだしと思っていたときに見つけたのがダリの「燃えるキリン」だった。この作品に一目ぼれし、模写の課題はそれで提出したし他の作品も図録で読み漁った。ダリはめっちゃ絵が上手い(表現力のなさ)のにいろいろやっていてすごい(表現力のなさ)。

そんないろいろを見るために諸橋近代美術館はうってつけなのだ。

中に入るとウナギの寝床のような奥に続く空間に立体作品がずらりと並んでいる。その空間を左に折れたところに沿うように4つの展示室があり、そちらは主に絵画の作品が埋めているといった感じだ。

作品はダリの活動年譜に沿っており、その詳細は割愛する。しかし、線画も塗りもレベルが違いすぎる。作品を間近で見てもその独特なグラデーションと圧倒的な質感の表現がどこから生まれているのかさっぱりわからない。なんでお前は70超えて「写真の網点を手書き作品に取り入れた表現」をやろうと思ったんだ。めっちゃかっこいい。

白眉は最後、建物の奥にある「テトゥアンの大合戦」だ。3×4mの大作について語ることはとても出来ないのだけど、大画面である故に感じられる筆致と描き込みに数分圧倒されて立ち尽くしていた。ぜひ見に行ってほしい。

 

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ダリの作品を立体化したソファにも座れる

正直今回の旅程のメインはここであり、コーヒーを飲み外に出た時点であとは蛇足の旅になった。とりあえず山道を登り、ハンバーグの店に行きほぼ貸切状態でハンバーグを食べた。美味かった。

ここらは山体崩壊により五色沼をはじめとする様々な沼が点在している土地である。微かに雪が残る沼を写生する学生や、トレッキングを楽しむ中高年を見つつ猪苗代湖へと向かった。

猪苗代湖の湖畔には道の駅があり、たいそう賑わっていた。とりあえず道の駅ってすごく混むけど、好きだけどそんなに長居するところなのだろうか。雑な土産(福島に行ってきましたクッキー)を買いほかの湖畔の施設をぶらぶらする。どうやら野口英世とか猪苗代ラーメンとか、その辺が人気らしい。しかしどこも少しうら寂しい雰囲気があり、何となく楽しい気分にならない。何となく車で走ってみるも、猪苗代湖の巨大な波打際に立ち尽くすくらいしかすることがなかった。ぶっちゃけ暇であった。あまりに暇を持て余したので、郡山への帰りは下道を使った。途中磐梯熱海という温泉街を通りかかったがどこで降りるか考えているうちに通り過ぎてしまった。だいぶ味のある風格だったのだけど。

 

そして郡山へ戻ってきたら本格的に帰りである。ただ新幹線に乗り込み、帰宅した。

 

そして家に着いて思うのだ。やっぱ自室は最高だぜ!

 

(おわり)

 

東北3県旅行②〜サカナクションライブ編〜

旅の朝は早い。

6時に起き、朝風呂で脳に熱を与える。

これまた美味しい朝ごはんを頂いてから温泉郷の始発バスで宿を発った。向かうは田沢湖である。

流石に早朝だったからか湖畔にある立派な駐車場とレストランにはまだ人はおらず、出勤したての従業員が駐車場を掃除している。まぁ8時だし。田沢湖の観光は次のバスに乗るため1時間弱で終わらせる必要がある。といってもあるのは馬鹿でかい湖だけなのでとりあえず波打ち際に向かった。

朝の湖は穏やかなのか、周りを囲む山々が水面に反射して綺麗な線対称を作り出している。水もエメラルドグリーンでとても綺麗だ(語彙力がない)。そしてそれ以上に羽虫が飛び交っている。なんだこれは。朝だからなのか。基本的に数の暴力が嫌なので這々の体で逃げ出して、辺りを散策することにする。何もなかった。あまりに湖が広すぎてシンボル扱いの金色の像も二桁キロ先にあるのだ。景色はとても良いし朝の静寂は心地よかったがここは徒歩で見るところではない気がする。多分ツアーガイドさんがいれば話術で乗り切れるのだろうけど。

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水面が山々を反射している

そんなことを思いつつ雄大な自然を眺めていると駅に向かうバスが来た。いそいそと乗り込み、田沢湖駅に着く。新幹線まで時間があったので辺りを散策し田舎を堪能した(こういうのが好きなのだ)。『我々はさらなる発展をしていく』と昭和半ばに書かれた石碑が立っているなんて、いいじゃないか。

そして駅に戻り、新幹線に飛び乗って盛岡に着く。盛岡では相変わらず何もしなかった。じゃじゃ麺を食べ、ドトールでブログを書いた(1日目あたり)。

そしてまた新幹線に乗り、向かうは仙台だ。サカナクションのライブである。付け焼き刃的にGooglePlay MUSICでアルバムを聴きながら仙台に着くと、そのままライブ物販へ向かった。

今まで行ったライブは全て物販がえらく混んでいるイメージだったが、今回は拍子抜けするほど簡単に買えた。お陰で隣のゼビオでキャンプ用品を漁る時間さえあった。悠長にこんなことをしているのは宿のチェックイン時間が意外と遅かった為で、なんやかんや時間を潰しチェックイン時間を少し過ぎた頃宿であるゲストハウスに到着した。ゲストハウスというと海外の旅行客向けの安宿であるが、日本人と同室になることも多い。そして今回はバッチリ外国人に囲まれていた。ドイツ人と二言三言英語を交わしたが、ヨーロッパ旅行でさえ話さなかった英語は錆びついておりとりあえず「外国は顔で語る文化があるから眉を動かせ」というインターネットインテリジェンスに従って眉を上下させることに専念した。向こうからしたら「俺はズンダが苦手だ」と表情豊かにいうヤバいやつだったに違いない。

と、まぁ無事物販で買ったTシャツ

とタオルを装備し、意気揚々とライブ会場に再び向かったのであった。

【ここから先はサカナクションのライブ1日目のネタバレ、セトリバレが存分に含まれている。】

 

とりあえずライブ全体の感想を先に書くと、どデカイダンスフロアがそこにあった。サカナクションはロックバンドではなくダンスミュージックバンドなのだ(今更?)。

今まで行ったライブは山下達郎であり、perfumeであり、アイマスである。山下達郎アイマスは少しライブの王道とは外れている(山下達郎はおそらく客の年齢に配慮があるし、おそらくアイマスもそのうちそうなる)ので近しいのはperfumeだろうか。オルスタだし。めっちゃ踊るし。

だがライブの序盤は完全にロックバンドのそれだった。アルクアラウンド から始まり陽炎でしめる一連の流れは最初からボルテージをマックスにさせるにふさわしい。

そしてこの辺から6.1サラウンドだとか映像の美しさ、演出のヤバさが浮き上がっていく。いや、序盤からだいぶやばかったけどね。始まり方かっこよすぎる。

 

特に感動したのがyearsでの演出だ。もともとサカナクションの中でもトップクラスに好きな曲だったが、スクリーンに映し出される映像と歌詞のシンクロ、震えながら重なり合う立体に場内を切り裂くレーザー光線の鮮やかさが世界観を完全に表していた。

また、ユリイカでの前面のスクリーンに故郷を、背後のスクリーンに東京を映す演出なんて憎いではないか。

曲の節目節目に「踊ろう!」と山口一郎が呼びかける。moonで宙に浮いたメンバーが光を受けながら横に揺れている状況なんぞなんというか、完璧だった。心の底から踊るしかない。かと思えばアイデンティティ新宝島などのロックチューンで観客を縦にノらせていく。縦横無尽なセットリストはタイプの違う熱をハコに対流させ、見事な潮目を作り出していた。

目玉である6.1サラウンドも、体感するとこれ無しではいられなくなる。諸手を挙げてノっている身体に音の塊がぶつかってくる感覚は何者にも変えがたい。広すぎない会場だったのが良かったのだろうか。

そして最後のグッドバイで、エンドロールが流れる。これはショーでエンターテイメントなのだ。強烈なオレンジの光に照らされたメンバーの影は、世界の端っこのように寂寥に満ち、かつ悠然として見えた。

ひっくるめるととても良かった。ライブとインタラクティブアートの中間を彷徨うような、ライブ体験の1つの先鋭化された頂点にあるものなのだろう。

会場を出ると4月とは言え肌寒い風が吹いている。北の杜仙台だけはある。さらにこっちはさっきまで無心に踊っていたのだ。Tシャツを肌に張り付かせていた汗が気化し体温を奪っていく。とりあえず最寄り駅に向かう集団を抜け、歩いていける距離の銭湯を目指した。住宅街の中に佇む小さな銭湯だ。ライブ終わりだからだれかしら目星をつけているだろうと思っていたが、中にいたのは明らかな常連さんばかりだった。とりあえずシャワーと風呂で汗を流す。こういういかにも昔ながらの銭湯(見たことないカランだった)も温泉とは違っていいものだ。

サクッと風呂をあがり、待合室でぼーっとしながらTwitterで検索をかけてみる。あまり感想は出てこなかった。探し方が下手なのかもしれないし、むしろインスタで写真付きでアップしている人が多いのかもしれない。アイマスに慣れた身としてはライブ会場で自撮りする人々は全員コスプレイヤーに見えるわけで自分の居る環境のいびつさを感じた。

 

銭湯を離れ、さすがに空いた電車で(それでも何人かライブ帰りと思しき人がいた)宿まで帰る。途中で飯を、あわよくば牛タンを食べようと思っていたが地方都市の9時半過ぎというのは東京の23時半に匹敵する店のまばらさだ。何回行ってもここの時間を読み間違えている気がする。適当な店でラーメンを食べて帰った。ゲストハウスではなにやら併設されたバーが盛り上がっていたが連日の旅の疲れと明日の早さも考慮して就寝した。

 

東北3県旅行①~乳頭温泉編~

土曜日に仙台で開催されるサカナクションのライブが当たり、都合よく前日に休みが取れたので三日間を使った旅行を計画した。行き先を色々と調べたところ、秋田→宮城→福島の山間をまたがる旅程が可能だと判明したので、それぞれで行きたいところを選び、必要なチケットを手配した。GWの前週なので比較的容易に手配は済み、その計画は朝5時、家のベッドの上から始まった。

 

旅行は長時間に限るというのがモットーなので、移動の朝は早い。始発に近い電車に乗り、東京に向かう。そこから盛岡まで一気に新幹線で北上した。東北地方は朝のうち雨の予報だったが、白河の関を越えた辺りで天使の梯子が雲の切れ間から差し込み、盛岡に着いた頃には青空が広がっていた。

とはいえ、盛岡に特段用事があるわけではない。一度来た土地でもある。とりあえずネットの情報に従い、福田パンという著名なコッペパン屋に向かった。各ブログによると連日行列ができるほどと書いてあったがそこは平日の朝である。並ぶこともなく名物のサラダスペシャルとあんバターを購入できた。しかし購入して店を出る頃には軽い行列ができており、更にはテレビカメラのセッティングも店先で始まっていた。人気店だということには疑いがないようだ。

盛岡の主な産業は宮沢賢治石川啄木であり、特に新婚の家を観光スポットにされている石川啄木には同情の余地しかない。そんなことを思いながら盛岡城跡でコッペパンをパクついていると(サラダスペシャルの辛子レンコンが絶品なのだ)、冷静に何をしているのだと言う気分になってきた。幸い、盛岡から今夜の宿である田沢湖駅までの切符はまだ取っていない。調べてみると予定より早く切符が取れそうだった。今回の宿は乳頭温泉郷である。いわゆる秘境の温泉であり、七つの宿で構成されている。予定ではこのうちの一つに泊まる予定だったが、早い時間で到着すれば他の宿の日帰り入浴を楽しめそうだ。おそらく石川啄木の新婚の家よりは居心地がよく過ごせそうだ。

そうと決まればひとり旅の利点、スピード感を見せつけるしかない。さっさと盛岡駅にとんぼ返りし、秋田行きのこまちに乗り込む。この旅用に買った「スローターハウス5」の中で主人公が護送列車から吐き出された辺りでちょうど、田沢湖駅に到着した。

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田沢湖駅。駅舎はきれいだがなにもない

乳頭温泉郷田沢湖駅のメイン観光地、田沢湖から更に20キロ山を分け合った所にある。昭和に建てられたであろうペンキの禿げた道にかかるアーチ「乳頭温泉郷にようこそ」をくぐりまだ雪が深く残る道をぐんぐんと登り、その道の終点で降りた頃にはバスの乗客は四人ほどに減っていた。この時点で時刻は13時。日は高いが山の空気は寒い。空の青さは気持ち白茶けた青で、目を凝らすと木々の隙間にぽっかりと田沢湖が口を開けている。振り返ると温泉の由来でもある乳頭山が名前に恥じないなだらかな稜線を見せておりしかし山頂はCERO指定のせいか雲に隠されていた。つまり温泉にはうってつけの日だった。

湯巡りも無事できたので、各宿の感想をつらつらと。

 

・妙の湯

和モダンな現代的な宿である。ランチをまず食すために向かった。提供された山菜稲庭うどんはあっさりした味付けで非常に美味い。ランチの後は入浴に向かう。ここの宿は男女に分かれた内湯と、混浴の露天風呂の二つを有している。というか乳頭温泉郷の露天風呂は基本混浴だ。温泉の外では湯巡りする女性のグループをよく見たが、ついぞ露天風呂では見なかった。まぁ仕方なしという感じは否めないが、宿によっては分かれている所もあるし時間で男女を区切っている所もある。妙の湯はそんなことはなくオールウェイズ混浴だ。ちなみに私が入った時には外国人のご婦人がいた。そこは大人なのでそれなりにそつなく入っただけだけど。ちなみに景色はとても良かっま。妙の湯の特徴は鉄を含む酸性湯だ。露天風呂から見える滝も鉄分を含んでおりカフェオレ色の流れが石を錆びさせながら滔々と流れている。内湯にも酸性湯はあり、鉄の澱をすくうことができるほどだ。お湯も良いしとにかくこの宿は雰囲気と設備がいい。そんじょそこらのいろんな意味で素朴な宿に耐えられない人はここに泊まると良いと思う。受付の人がどことなく渡辺いっけいに似ていたのもTRICKファンとしては嬉しかった(?)

 

孫六温泉

ここは少し行くのが難しい。メイン通りから1キロ弱、車一台で埋まるような道を歩く必要がある。秘境を肌で感じながら進むと古びた建物群が雪の中に現れるがそれが孫六温泉だ。温泉の種類は男女別の内湯が一つ、混浴露天が二つ。しかし露天の一つは見つけられなかった。というのもこの温泉は宿の外に点在しているからだ。宿泊したらどうかは知らないがもしこれしかないなら宿泊客は辛いだろう。肝心の湯も、ホスピタリティのかけらもない。五畳ほどの空間の中心に二畳くらいの穴が開いており、相当に熱い湯が溜まっている。入浴というよりも沐浴とか、そういう神秘的な儀式をするようななんだか神聖な湯である。てか露天風呂も露天じゃない気がするし。めっちゃ狭いし。いろんな意味でハイレベルだ。だけど入って五分ほどで汗だくになったのでこういう戦いの入浴を求めるバーサーカーにはオススメである。

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静謐な空間。川の音だけがかすかに聞こえる。

 

蟹場温泉

内湯が二つ(岩風呂、木風呂)と混浴露天風呂を有する宿。ここの混浴露天風呂は宿から少し歩いた所にあるが道から丸見えだし湯も透明なので完全に逃げ場がない、ワニブックスに見つかったら一年通してシチュエーションに使われそうな風呂である(時間によって女性専用になる)。かくいう私も一人だと思って露天カラオケをしていたら気づかないうちにもう一人おじさんが入ってきて気まずくなったりした。

内湯は両方硫黄の湯だ。特に木風呂の湯はアチアチで溜まったものではない。発火するかと思った。熱いのが好きな人にはとてもオススメだ。苦手なら岩風呂に入っておくと良い。内湯まで続く木の通路がそこはかとなくインスタに映える気もする。

 

三つの温泉バフを得て無敵になってから満を辞して向かったのが、今回宿泊する大釜温泉だ。事前に得ていた情報だと「湯が熱い」「食事が少ない」「カメムシがいる」などなんだか散々な言われようだったが、結論から言うとそんなことはなかった。湯は程々であったし、食事はきりたんぽ汁定食だと思えば少なくはない(まぁ念のため弁当を持ち込んだのが功を奏したのは確かだ)。カメムシはいるがそれは日本全国にある。ネコと同じでカメムシはいるのだ。

ここの湯は硫黄系である。底をさらえば柔らかな湯の花がすくえる。24時間入れるので、夜中に酒を飲んで入っても平気だ。入るのは平気だがそこからは自己責任なので酒は控えるように。

そんなこんなで宿に到着後は、一回寝て、食事を食い、風呂に入り、ルパンを見ながら弁当を食った。その合間に「山怪」という山での怪奇現象を集めた本を読み進めた。山奥で読めば雰囲気が出るかなと思ったが、内容は動物に化かされたという不思議な話がほとんどで恐怖系ではなかった(それは前書きにも書いてあるけど)。面白かったのはむしろマタギの分布に関する話で、そっちの専門書を読んでもよかったなと感じた。

牛肉弁当で腹を満たし、南部美人を舐めて気分良くなってから温泉に入ると、えもいわれぬ全能感に包まれる。かつてイスファハーンが世界の半分だと宣った王がいたけれど、温泉は世界の全てである。湯の表面から昇り立つ湯気は風によって形を変えながら夜の空気に溶けていく。カサが傾いだ豆電球がチラチラと揺らいだ光を投げかけている。聞こえるのは源泉が掛け流される水音と眼前に迫る山肌を撫でる夜風の音のみだ。人は1日に六万を超える思考をし、そのほとんどがマイナスな思考だそうだけどこういうところでするマイナスな思考は意外と悪くない。人とは愛とは生とはなんなのかを考えながらしばらく湯を堪能した。

ちなみに翌日、アイデンティティがない!と叫ぶことになる。