続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

日記(M-1ツアーファイナル・冷やしカレー)

某日

M-1グランプリツアーファイナルを有明に見に行く。友人と組んで2公演当てることができた。仕事を後ろ回し蹴りでぶっ倒して有明ガーデンアリーナへ。初めて来るハコである。周囲はかなりの人だかりで、キャパを見ると七千人くらいは入るらしい。昼夜で一万五千人。蓮見、どう思う?入ると他の会場とは違いフォトスポットなども充実している。さすがにトロフィーは撮影。愛・地球博以来の移動式撮影タイムだ。俺たちが地方公演に行って落としたお金でこんなことが出来ているなと感慨深い(そうか?)。暫定BOXのフォトスポットは、可能ならキングオブコントツアーであのマントを羽織れる形式でもやって欲しいなと思った。

会場内の舞台の作りもなんなら今までのライブで一番凄かったかもしれないくらいに作り込まれていた。うーん。開場前に流れる芸人の恋模様の番組の映像にキッとした顔をしたりしていると開幕。映像も演出も新規で作り直していて気合が違う。

出演が多い分ネタ尺は短めだが、演出も相まってお祭り感は強かった。2公演通してで言うと大王、生姜猫、スタミナパン、豆鉄砲、例えば炎、ミキ、真空ジェシカ、たくろうが面白かった。設定的には生姜猫がずっと面白かったし三人でやる意味のあるネタで素晴らしい。たくろうのちょっと違う形の漫才もかなりしゃべくり感があり良かった。スタミナパンは麻婆の使い方が堂に入って来ているし、豆鉄砲は「有明にも夜は来るよ」という台詞がよい。大王はネタはネット上でも在る気はするが、このネタをもう誰にもさせないぞと言うくらいボケまくってて良かった。ミキはもう何やったって漫才になるんだからそれでいいのだ。

ライブの最後は華やかにテープが発射されマジでびっくりする。初めてテープが降ってくるレベルの席にいたのでゲット。うれしい。

幕間の間有明ガーデンでうどんを食べたりする。ライブの客数を差し引いても結構人がいて、有明に住んでいる人ってこんな感じなのかなとか思う。俺が学生の時に地下のフードコートにいた時間をここで過ごしている人がいる。不思議。

2公演見て人ごみと共に帰る。友人の指示に従って歩いたら見慣れた国際展示場駅に突然到着して面白かった。ゲームのマップで無目的にうろうろしてたら初期の村につながってたみたいな感覚。

某日

在宅の日。噂に聞いていた近所のラーメン屋に行こうと自転車で出かけるも道を間違えて30分ほど自転車をこぐ羽目になり、結局ラーメン屋も結構並んでいては入れなかった。まぁどっちみち昼休みの時間には戻れなさそうだったし…。泣く泣く帰宅。転んでもただでは起きないぞと前日に見た長谷川あかりの冷やしカレーのレシピを作ってみる。非常に美味しかったのでリピ決定。知り合いにも吹聴する。これが信仰である。

www.ntv.co.jp

 

日記(動物園・モバイルバッテリー)

某日

動物園に行く。なんだか動物園は水族館や植物園よりも子どもっぽい感じがありあまり行くことは無い。あの水族館の大人デートっぷりは何なのだろう。暗いからか。植物園も渋谷のなんてかなり人がいた(カフェがあるからかもしれない。女性が多い)。その点動物園はなんだかファミリーな感じだが行くと動物の多様性ってマジで凄いなという気持ちになる。シマウマ1頭見ても、体表のねじれに沿うシマの入り方やまずサバンナで白黒の縞々であるという事実を感じてかなり面白い。キリンも異様に首が長いし伏し目がちな目がうるうるしている。サイの皮膚のテクスチャと首周りの造形もすごい。見るものには事欠かないのが動物園である。いかんせん屋外なので太陽に晒され途中で休憩スペースに入る。数々のファミリーが椅子に寄りかかる中。向こう隣でおじさんがロックアイスを持ち込んで宴会をしていた。まあ年パスの値段を考えれば居心地のよい場所が年中あるというのはいいのかもしれない。ともすれば彼らも動物園の展示の一種なのかも。人間は心地よい気候だと酒盛りをする習性がある。

嫌になったので夜行生物館に行く。予想通りひんやりした室内でマーモセットを見る。マーモセットは小さいサルだが顔がなんだか人すぎる。マーモセットみたいな顔の人、いるよな。

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帰りに寝ているバクを見たりして帰る。動物園、オススメです。

某日

部屋の整理をしていると昔使っていたモバイルバッテリーがもよんと膨らんでいた。昨今モバイルバッテリーによる火災もあるのでどうにか処理したいなと思ったので調べると住んでいる自治体は膨らんでいるモバイルバッテリーを回収してくれるらしかった。めちゃくちゃありがたい。さらに色々な電気小物をわんさか役所に持ち込み、バサバサと捨てる。カメラのレンズとか電動歯ブラシとか。住民税払っててよかったなと心から思った。

 

日記(うな巻き・外気温)

某日

ラーメンを食べに行く。幹線道路をたらたらと走る。いつもはSpotifyを流すけどラジオを流す。車内でもサングラスをかけないと日差しがまぶしいほどだ。ラーメン屋は昼時なので混んでいた。油少なめを食べる。車に乗っているため胃腸をいたわってのことだ。おいしい。ねぎの辛さが油の甘さと絡んでベストマッチである。帰りに車に乗り込むと中は灼熱だった。空調を一気に利かせると何も聞こえないくらいうるさい。帰る車から見える空には入道雲がずどんと鎮座していて夏気分だ。

某日

東京駅で飲酒。エキナカにモノが多すぎて逆にあまり店に入ったことがないので何もわからないままうろうろする。東京駅の天高の低くて日本のいろんな味の店がある感じは少し空港っぽい。魚の店に入ってみる。ウナギのシソ巻きがおいしかった。

見た目はへにゃっとしている

八重洲口から外に出ると夜だからか少し肌寒かった。八重洲口のバス乗車口は旅情を感じて好きだ。

某日

家を出ると朝の空気はまだひんやりしていて、日差しだけがほのかに暖かい。寒さ暑さにこんな機微を感じるのは久しぶりかもしれない。昨年の夏の、熱波がすべての景色を白く塗りつぶすような暑さから思うと非常に風流な暑さだといえる。こういう朝が子供のころはよくあった。始まりを期待させてくれる朝。社会人にはついぞそんなものはないが。

帰りにチョコザップを出ると風が涼しい。トレッドミルで爆裂にかいた汗が気化していくのを感じる。帰りしなに巨大な公園に寄ると高校生?が水風船をぶつけ合って遊んでいた。あと犬の飼い主が寄合をしておりその周囲を大小さまざまな犬が走り回っている。素敵空間だ。吹く風はほんのり冷たく、まだ路面には日中の熱が残っている夕方。こんなものがまだあったんだと思う。

空もいい感じにライラックな雰囲気でマジでずっとこれであってくれと思う。気持ち夕餉の支度に帰る人たちも生き生きしている気がする。いい外気温は人を活動的にさせる。もう少し今週は涼しいらしい。

完全な自己実現は存在しない

ポッドキャストを聞いていて面白かった話があってそれは自己実現の話だった。

https://open.spotify.com/episode/7ihzKzgCGqjONY1iH1tZOu?si=yBOybWymRwuKRNvNlipdOg

話の発端はファッションについて語っているポッドキャスト『AfterParty』でのリスナーの投稿が発端で、その番組がリアルイベントをやるという話をする中で『リスナーである私はファッションを語る人の集まりに行ったことがなく、ファッションはいつも全身黒ずくめです。そんな全身黒の人間がファッションを語る集まりに行っていかないでしょうか?(意訳)』という投稿がされた。それについてホスト役の1人が「俺はあなたみたいなオールブラックソリッド野郎が来ても何も思いませんがそういった他人の目を過度に気にする姿勢であるということは良くない」と長々と話した、という一幕だった。

そこで出たパンチラインが「人生は気まずい」である(ファッションを生業にしている自分ですら、ある意思に基づくファッションを身にまとう時気まずさはあるので、他人への気まずさを自分のファッションの理由にするな、の意)。

それが『奇奇怪怪』を伝わり『シットとシッポ』の話題として出て、そこで福尾匠が「これは完全に自己実現をしている人がいるという考え方の問題だ(実際はそんな人はいないのに)」と言っていた。

投稿者はファッションにおいてホスト役を『完全に自己実現している人』と見ている。対して自分を『自己実現できていない人』と卑下している。そしてそのポジションから投稿をして人と関わろうとしている。福尾匠はこれを『大人な態度ではない』と言っている。強者と弱者の2項対立を作り出し、弱者として自らを置く態度がである。

そして「人生は気まずい」というテーゼのように『完全に自己実現している人』(=強者)はいない。人はみな気まずさを抱えていて弱者である。そうなると克服するべきは他者の目線(=気まずさ)ではなく自身の目線(自己が何を実現するのかという自問自答)である。自身の中に今回で言えばファッションの軸を作りそれを全うすること。その先にオールブラックソリッドがあるなら、それでいいのだ。堂々と集まりに参加すればよい。

これはファッションがテーマの話だがこの構造はすべてに言えると思う。あらゆるジャンルには『完全に自己実現している人/しない人』という軸が作り出されている。そしてその軸は様々な事物において存在する。人生における愛、趣味、金。全てはこの対立構造により偏りが作り出されその偏りにより何か別の価値が交換されている。逆に言えばこの偏りこそが価値の本質なのかもしれない。完全な自己実現は権威性となり、その砂上の楼閣で夜な夜な宴が催されている事になっている。ミセスのセレブレーションなんて分かりやすい例である。いやまあ、それはある面で正義なわけだけど我々はそこに与する事なく生きる事が(多分)出来る。あらゆる気まずさを抱え、しかし気まずいながらも胸を張る。そして他人の気まずさを許したり擦り合わせたりしながら関わることが。

しかしこういった偽りの自己実現による権威性はユーモアでも行われていて、最近ダ・ヴィンチ恐山がにまつわるこんなツイートがあった。

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https://x.com/i/status/2061079211197255710

この引用されたツイートから分かるのは①発信主が勝手に恐山におもしろの権威性を付している。②その権威性においてさむわんへるつは認められていないだろうと思っている、ということだ。そしてこう発信することでさむわんへるつを間接的に貶している。し、さむわんへるつに触れた恐山も自分で勝手に作り出した権威性に背く存在として貶している。実体のない落胆による攻撃性がこのツイートにはある。

これは先程の『完全に自己実現している人/しない人』という軸に巻き込まれる人もいるということを指す。恐山は今回巻き込まれた側だ。さっき軸は作り出されるといったのは主に資本的な偏りをさまざまな趣味に作り出す集金の仕組みとしての面を指していたが、こうして軸を勝手に他人が作って一方的に巻き込まれるという事故もままある。言葉で言えば有名税に含まれるようなものか。

これは権威性による自らの卑下よりも少しややこしい。自分を下げる事もせず権威性を人に課す事で人を判断するというキュレーション的な価値を無理やり自分に作り出している。でもこういう勝手な落胆という感覚は分からなくはなくて、しかしそれが加害性を持つ危うさはあまり自覚されていないのではと思う。

こうして多様性を標榜する世界は評価という権威性付与バトルの一面もある。繰り返してしまうが、自分の軸を持ちそれを適切に持ち替えたりしていく事が大事なんだろう。難しいけれど。

日記(昼寝・脚)

某日

会社を出て昼寝先生の原画展に行く。以前休日に行こうとしたら整理券配布が終わっていたので平日にリベンジだ。会場あたりの狭い道をぐるぐる進みなんとか整理券をゲットすることができた。しかしまだ待たされるので近くのドトールで時間を潰す。『庭の話』を読み終わって余韻にふけっていると整理券の呼び出しがかかる。結局1時間弱待っていたようだ。人気成人漫画家はすごい。原画展は本当に見応えがあり、昼寝先生の鬼気迫るカケアミをいざ目の前にすると圧倒されてしまった。中でも成人漫画家のスカウトを受けた漫画に「『この腕からフェチを感じたから』と編集から言われてこの道に進んだ」というキャプションは良かった。成人漫画家は己の描きたいものに誠実に向き合うという意味で過酷な商売である。しかも他人のストライクゾーンも狙わないといけない。そういった求道心はやはりフェチズムへの熱意あってこそなのだろう。

もちろん成人漫画だけでない一般漫画や挿絵などもたっぷり展示されている。アナログならではのホワイトの厚みやデジタルで入れる描き文字指定なども見ていて楽しい。しかし成人漫画の性器には原画ですら修正がいるのだなとは思わされた。いやそりゃそうなんだけど明確にゾーニングされた空間でさえそうなのか?これが同じ技法でキャンバスに描かれていたら無修正なのでは?などといろいろ考えてしまった。あとここで撮った写真をグーグルアカウントに載せてBANされないかがとにかく気になっている。

グッズなどは買わずに帰る。

某日

ポッドキャスト『シットとシッポ』の過去回で福尾匠が『日記は何もない日にでも毎回描く事が大事でそれが日記の持つ“回”性を強める』と言っていた。俺はイベントがないと書いてない。でもそういう回っぽい感じ(無秩序な積み重ね)はわかる。ライフログはそうすることでしか表せない。

仕事終わりにちょこざっぷに行く。レッグプレスの新しい機器にまだ慣れない。あと左膝に微妙に違和感がありトレッドミルは早歩きに抑えている。最近プロテインを買ってジム終わりに飲むようになった。今のところ何かを強く目指すのではなくフラットな気持ちでジムに通えている。始めた当初よりはマシンの荷重も増えているが、強くなった気はしなくてなんとなく身体の運用を気にかける(立ち方など)ようにはなった。身体。最近このワードを考えている。興味関心の一つのコアに身体があってこの長文も書きたいなと思ってるのだけどなかなか手に付けられない。それでいうと『踊るのは新しい体』という本がとても面白かった。フィルムアート社の半額セールで買ったのだけどよかった。おすすめ。

某日

モスバーガーで初めてモスチキンを食べた。ざくざく感が独特。

日記(COMITIA)

某日

COMITIAに行く。急遽行くことになったのでとりあえず9時くらいに会場につき転職フェアとCOMITIAの境目を後者に向かう。カタログを購入し東7,8ホールを抜けると曇天の下オタクが整然と待機していた。一般参加の待機列って本当に久々だ。整然と待つ。1時間足らずの待ち時間に『チハヤリスタート』を読む。2巻の終わり方には毎度涙ぐんでしまう。3巻も面白かった。たけうちホロウの絵は不思議な躍動感がある。

列がおもむろに動き出しぬるっと入場。会場から10分も経っていないがホール内はなかなかの混雑で壁サーの列は外まで伸びていた。しかしまあ一次創作イベントにこんなに人が来ているって本当にすごい。クリエイティブジャンキーがよ…。とりあえずあまり下調べしていないなりに知っているサークルや気になったサークルをちょこちょこ回っていく。気づいたらATMでおろした1万円の大半がなくなっていた。いや、本当に聞いていないのだが、何故かなくなっている。不思議だ。そしてその1時間余りで会場はさらに人でごった返すようになってなんだかすごい。

とりあえず来る動機でもある先に会場入りしていた友人と合流し、会場を回遊する。やっぱ一次創作のサークルは女性多いよねとかやっぱグッズ出したいよねとか強いコンセプトがあるブースはよいよねとかいずれ出る側になる事を見越しての話をしながらうろうろ。さらっと知り合いに挨拶したりする。こういう時差し入れとかあまりできないのだけど、女性同士だと結構差し入れとかしているイメージがある。こういうとジェンダーぽいかもしれないが、そういう差し入れという選択肢があるという事はやっぱり身を置く環境所以だろうし、男性だってそういう環境に入れば差し入れをするだろう。差し入れをしない男性たち。

ふらふらと1時間も歩き、東7,8ホールにも行ってみる。合間に友人がケバブを食べたりする。ケバブでも何でも大盛りを欲しない(胃腸が弱いから)ので大盛りにする人は少し羨ましい。7,8ホールでは見本誌を見てみる。COMITIAの特殊装丁は凄まじい。箔押しPP加工は当たり前である。装丁を発注する段ですでに力尽きがちな人間なので感嘆しきりだ。そしてこんなに絵が上手くてデザインが出来て本を出す胆力がある人しかいない会場でも自分の理想の本は無いことに改めて驚く。あったっていいだろ。創造の山脈は頂が一つではなく、さらにそびえる峰への道も隘路である。と言いつつ途法に暮れる訳ではないのがいいところだ。少し元気になって会場をあとにする。

豊洲に行ってららぽーとで歩き疲れた脚を癒す。久々にチョコレート系のフラペチーノを飲みながら友人とカメラは買ったほうがいいぜという話をしているとなぜかもう1人友人が合流し、中華でCOMITIA参加の打ち上げを行う。土日は生ビールとレモンサワーが半額というすべてが間違ってるような店だったが角煮まんがめっぽう美味しかった。ワイワイと語らう。

最後にららぽーとで何故か服を見て回る。ほぼ全ての店で男性は白Tに半袖シャツを羽織れという事を言っている気がした。男性の服って本当にムズい(ここの主語が男性なのは俺が男性だからである)。より言えば服で主義主張をすることが難しくてそれはSNSに代表される評価ゲームでは主義主張が無いものはダサいとされるからだ。男性の服はすぐダサくなる。それに抗うのは大変だし多分ららぽーとに入ってる店ではそのダサさを軟着陸させる事が優先されているのかもなと思った。雨が降ってきたので帰宅。

 

日記(友人の地元・モーショングラフィックス)

某日

5人で車に乗って友人の地元を巡る。詳細は人の地元を説明することになるので書けないけど、かなり面白かった。地元勢2人による解説を聞きながら街を車で走る。行く先々で『ここは当日唯一あったファミレスで、たまのご褒美はここだった』とか『この中学校は地元ではスポーツが強かった』などの話を聞いていると行ったことない街に対してじわじわと郷愁が湧いてくる気がする。街がストーリーの舞台として見えてくる感覚。また今回地元勢が2人いるのが良かった。例えば自分の地元を説明する時、一人だと自分の記憶を語って終わりになってしまうが2人いると双方の記憶のズレがあったりしてそのズレが思い出をイキイキとさせているようにも感じた。『ここお前は来てたんだー俺は来たことなかったなぁ』みたいなことだ。また互いの記憶がさらなる記憶を誘発させ合うみたいなこともあり思いもよらない方向に話が飛んでいくおかしみもあった。自分は中学校で地元を出てしまったのであまり地元にストーリーを感じていない。住んでいるけど、住んでいるだけだ。対して高校とかまでいるとバイトやらで地元に根ざすネットワークに属する事が増え記憶が倍々に増えて面白くなるのかもしれないと思った。

言えることとしてはシエンタがいい車だということと、レンタカーを返した後の酒が美味かったことである。

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某日

押上に行く。スカイツリーの麓からさらに浅草に向かって歩く。晴れていて気持ちがよい。途中地元のパン屋でジャガマヨパンを買って食べながら歩くと道沿いにJTのデカい社屋があることに気づく。へー。浅草の金色の巨大なうんこが見えるあたりまで来ると目的地であるギャラリーが見える。今日は桜玉吉の原画展覧会に来たのだ。桜玉吉はKindleで漫玉日記を読んでその絵の巧さと虚実混交のストーリーラインにすごく惹かれたのだった。多分今ネットに上がっているいわゆるエッセイ漫画の源流の一つではないか。展覧会は盛況のようで列に並んで入場。壁一面に原画が貼られていて原画うまいなーと思って見ていると普通に内容が面白くて笑ってしまう。キャリアを通して精神的なブレがある作家ではあるがなんかジジイになってその目線がうまく調整されてる気がする。わからないけど。会場は往年のファンと見られる人がたくさんいて、芳名帳もウン十年の読者で埋め尽くされていた。ささやかに応援メッセージを書いておく。ちなみに芳名帳の表紙はあらゐけいいちであり中には春原ロビンソン、ばるぼらなどの作家の名前もあった。

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浅草を後にして銀座へ。『モーショングラフィックス』というそのままの名前の展示をgggで見る。新作展示もそうだが、とにかく特集されている井口皓太の仕事が圧巻。東京五輪から何やらリッチなモーショングラフィックスが大量に摂取できる。これすごく幸せ展示だったので皆さん行ったほうがいいです。あと東京五輪のピクトグラムの動画今見ても正直面白い。あとは夏のサンダルを探して銀座をさまよう。銀座の東急は人がいなさすぎて店がバタバタ閉まっている。結局何も見つけられず疲れただけで帰る。