続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

2/15日記(映画「パラサイト」感想)

パラサイトを見た。ミーハーなので。いや、TLで見かけていたのだけど、見る気力がなく……(同じ理由で見ていなかったシェイプ・オブ・ウォーターもやっと最近見た)。

結論、かなり面白かった。様々なエッセンス(監督個人のというのもあるだろうし映画ジャンルとしても)が詰め込まれ観客の感情を楽しいジェットコースターのように見事に操ってくる。画面(このために組んだセットらしくレイアウトが美しい)、音楽(序盤の潜入パートで毎回テーマ曲流れるの笑う)、そして演技。賞を獲ったという堅苦しさは(読み解こうとしなければそれほど)なく笑えて怖いエンタメだった。隣のカップルが口を押さえていた。

以下箇条書きだけど気になったところを書いておく。他の感想・考察ブログにならもっと色々整理された情報が書いてあると思う。あと動画。最近映画感想も動画が台頭しているらしい。見た事はないけど。

 

○移動

半地下に住んでいるという一家は常に下から移動する。金持ちは坂の上に住んでいるので地理的に仕方ないが、象徴的だ。確かに韓国って割と坂が多かった気がする。そして一家は中盤逃げる時、ひたすら階段を下に降りる。もちろん洪水の話に繋がるのもそうだし、それまでの饗宴が嘘のように下に降るのは心情的だ。豪雨は足元を下に向けて流れる。ついでだけど雨を心情の表現としてだけでなく実際の洪水に繋げて描くのスマートが過ぎる。逃げる一家の中で何を持ち出すかで人柄が描かれる(夫婦が仲睦まじい)し、トイレの喫煙シーンは最高にクールだ(タバコの意味はまだわからない)。そして金持ちはこの洪水なんて露知らず大気が綺麗になったなんて言ってパーティに興じる。雨の処理がスマートだよ!

金持ち一家は玄関からリビングまで上がってくる様に、上に登る(机の下に隠れた一家に気づかないのは下を見ないからという考察があり、なるほどー)。家自体シネスコサイズだからなのか横に広いレイアウトが多いし下に向けては動かない。地下室に行ったのも(描かれていないが)長女だけだ。長女、この点では二つの階層をつなぐ希望なのかも知れない。年上に惚れっぽいだけかも知れない。

ちなみに半地下家族が唯一上に立つのは長男が長女といちゃついてる時だけ、ホームパーティーを上から眺めるシーンだ。なんとなくこれは自問(ガラスに映る自分)だったり俯瞰の比喩として上にあるのでは。

○言葉

象徴的と言う言葉を長男は使いたがるが、最後の計画(貧乏一家の繰り返される計画がうまくいかない事と金持ち一家の事業がうまく行っているという対比は見出せるだろうか)は本人曰く具体的だと言っている。まぁ、美しいレイアウトだけど、具体的ではないな……。監督インタビューも見るに、多分実現はしない。

○光

半地下では太陽光が当たらない。だから長男は庭で日向ぼっこをする『贅沢』を享受する。

地下の家族の夫も、いつでも人が殺せる状況にいながら太陽光にたじろいでいる。陽に慣れていない描写だ。

室内光も大事なモチーフだ。メッセージとして使われているし、地下家族のそのチラつきは半地下家族洪水時のショート

ともオーバーラップする。

○脚

リビングから逃げるお父さんの足の裏は汚れている=貧乏人という事だ。

後半車内で金持ちの奥さんも靴を脱いでいるが、綺麗だしさらにその先は運転手であるお父さんに向けられている。

○石

わかんないです。でも多分責任みたいなものを表していると見ると、最後石が流水の中に置かれたのは一種の禊の比喩なのかなと思う。多義的な解釈を残すモチーフをチェーホフの銃の様に使うってスマートだな!(こればっかり)

○カーセックス

金持ちの夫はカーセックス好きなのだろうか?これを庶民ごっことして見る考察もあったけど、実際にやった事あるんじゃないっすかね。考察がすごいもんカーセックスに対する。まぁとにかく性欲が随所に見られる(地下家族のコンドームとか)のは三つの家族を貫く軸(家族体制には不可欠なわけで)なんだろう。あんな美人な奥さん、気は惹かれるだろうしね……。

 

と色々深読みできるこの映画。面白いしアカデミー賞効果でまだ映画館でやるはずなのでみんな見に行こうね。

 

ちなみにこのあと森美術館の『未来と芸術展』に行ってきた。とりあえず友達と行った方が楽しいよ。インスタレーションって大体そんなんだけど。

個人的には都市計画辺りが面白かった。メタボリズムがアンビルドのままだったのを3Dプリンターとかを使って実際に建てちゃう事がネオ・メタボリズムとして流行ってるのが良かったです。てか3Dプリンターの力って凄いな。

サスティナビリティが叫ばれる中で、それを人間に寄り添う=人間をデータで理解する事で実現するやり口が主に紹介されていて、理解の仕方がファッションだったり建築だったりデータだったり多岐にわたるという面白さがあった。そしてその理解により人間にテクノロジーを適用させどこまでそれが人道的に理解されるのか(AI美空ひばりとかね)そのギリギリを試している楽しさ。いや、わざわざ切り落とした耳を培養されるゴッホが可哀想だったり土着的な迷信をテクノロジーで再現してたり見所は沢山あった。満足。

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Future SUSHI Machine

 

あとはコーヒーとシナモンロールを食べて帰りました。うまー

 

実録・英語が話せない人間の旅行法

 

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写真のようにこのように海外は日本では見られないものやできない体験で溢れている(伝わりづらい写真を…)。問題はそれらの中に言語が含まれていることだ。
意思疎通の大半を占める言語が不自由だと困ることは多々ある。例えば「ここに2日間荷物を預けられるか?」と聞くのに5分くらいかかったりする。
しかし要点さえ突いていれば、「行って」「帰って」来ることはできる。
せっかく「行って」「帰って」きたばっかりなので、旅程を振り返りつつ少しその要点を書き残しておこうと思う。
またどうにもネットには「一人で海外旅行」というと「金を持たない大学生バックパッカー」か「金を持っているマイル溜め高級旅行者」のどちらかが検索に出てくることが多くこの中間の情報が少ない。
そんな「一人で海外行くけどドミトリー泊まるほどコミュ力がない社会人」に対しても有用な情報になればいいと思っている。
またこの記事の参考は以下である。

〇予約編

・ホテルは駅沿いに取る
今回のトルコ→スペイン旅行は手配をすべて自分でやった。
主に使ったのはExpediaとBooking.comだ。これらは飛行機も宿もチェックイン時予約時のメールを見せれば話が通じる。
予約完了画面を印刷した紙とパスポートを受付に見せ「check in,please」というと航空券だったりホテルのキーだったりが渡される。
予約する時にはどうしても価格を見てしまうが、慣れない海外なら価格よりも迷わない方法を考えるべきだ。迷ったらすべてが終わる。
特に海外は目印にできるものが少なく、通りの名前で位置を把握することが多い。初心者には難易度が高い。
とにかく駅に近いところであれば移動が楽になる。多少高くても駅近を取ろう。
ちなみにこれに従った結果、マドリードでは最寄りの地下鉄駅が工事で閉鎖中だった。そういうこともある。
 
・移動手段は確認しておく
海外では公共交通機関での振る舞いが各国異なる。公共物だからと日本のノリで使おうとすると「バスは支払いが完全カード化されている」なんてことを知らずに揉めたりする。なので電車バス飛行機の乗り方は見ておいた方がいい。
ここを甘く見ていると、マドリードで帰りの空港ターミナルがわからず謎の駅で降りてしまったりする。適当なバスに乗ってイスタンブール空港に送り返されたりする。飛行機から降りてどこでパスポートチェックするかわからず空港で40分さまよったりする(全部準備不足が原因すぎる)。
万が一怒られたりしたらテンションが下がるし、一人旅においてこのテンションの降下は致命的だからだ(自分の機嫌は自分で取るしかない)。
 
 
◯現地編
いざ飛行機に搭乗し、現地につくと分からないことだらけだ。まずトイレに入って水の流し方がわからない(マドリードでは苦笑気味に隣のお兄さんが教えてくれた)。ドアの開け方がわからない(通りすがりの通行人が教えてくれた)。ジャムの蓋が開かない(これは力不足)。
そんな中でも使いやすいであろう実践的な知識が以下である。ちなみに会話はほとんど必要ない。日本ですらコミュニケーションが不足する人間は海外ではより喋らなくなる。これは事実だ(逆に火事場のなんとやらで聞くべきものは聞かないといけなくなる
 
・「出口」と「トイレ」を覚えよう
現地に着いたら後は流れである。一人旅なのだ。なにも気にすることはない。
ただ、「出口」と「トイレ」は別だ。見学にせよ移動にせよ知らないところに入ったら出なくてはならない。
この時に「exit→」と表記がある保証はどこにもない。たいてい緑色の表記がこれだが、とりあえず現地語で「出口」を調べよう。
調べたらその看板を探し従って外に出ればいい。トルコだったら「girl(的な)」スペインだったら「sador(的な)」である。
余裕があれば入口も覚えておこう。これで出たり入ったりし放題だ。
 
またトイレも困る。男女の記号や「toilet」と書いてあればいいが保証はない。特に個人経営っぽい店では殆ど英語では書いていない。そして3回に1回は男女がわからなくなる。海外ってそういうものだ。
だからトイレの現地語も調べる。スペインだったら「amos」。わからなかったら「toilet,OK?」と聞こう。5W1Hなんて必要ない。英語では語尾を上げれば疑問文だ。
 
・ホテルのレストランを使おう。
海外での楽しみはやっぱりご飯である。食文化の多様性は世界を知るにはいい機会だ。
しかしネットでは「観光客向けの飯はマズい」「現地民しか行かないご飯屋は安くてうまい」「汚い店でも接客はいい!優しいおかみさんと仲良くなろう!」とニッチなご飯屋さん情報が山ほど提供されている。
結論から言うと無理である。初見でそんな現地の人でにぎわう個人経営の飯屋なんて行けるわけがない。日本の旅行先ですら常連でにぎわう個人経営の居酒屋に入れないのだ。ましてや海外おや。
いいのだ。観光客なんだから1食に高いだのなんだの。どうせ食べるのは6食くらい。朝をホテルで食べるなら4食分しか金を落とさない人間がガタガタ言うんじゃない。しかるべき価格を払うべきだ。
しかしとはいえ海外はなんか客引きが怖いし、なかなかご飯屋さんには入れない。入ってもなんか注文方法とかわかんないし。店員も日本みたいに「おひとりですか?」とか聞いてくれないし。
だから困ったときは現地ホテルについているレストランに入ろう。ホテルに併設なら接客はちゃんとしてるし、大きいお札でも対応してくれる(エクスチェンジ直後だとやたら大きい額のお札しか持ってなくて使いづらい状況がある)
まぁあまりに高級な所では困るのでちゃんと店前にメニュー表があったら確認はしよう(都会では特に。しかるべきとは言ったが、前菜のスープに17€は払えないのも事実だ)。
もしくはあからさまなチェーン店だ。マックやバーガーキングでもいい。タコベルとか、その他こぎれいなチェーン店なら慣れない客でも対応してくれる(日本以上にぞんざいなチェーン店を楽しむのもいい)。あとは屋台とか。
 
・それでも地元のレストランに入りたいなら、入ろう。
とか何とか言ったけど自分も毎度バーキンに入っていたわけではない。地元のレストランにも入っておいしいご飯を食べた。
そんなときの流れを説明しよう。大体10単語以下で会話は完結する。
 
まずお店に入る。大体カウンターの奥にテーブル席があり、なんだかよくわからん内装をしているのがほとんどなので店員っぽい人(店員かどうかも実際海外ではよくわからない。気の良さそうな人と言い換えてもいい)に指を1本立てて「1person,OK?」と聞く。OKならどっかしらに通されるので、メニューを開く。
メニューを決めたら手を挙げて(セットで「Sorry/Excude,me」と言ってもいい)店員を呼ぶ。店員が来たらメニューを見せて「This one and this one,please」とメニューを指さしながら注文する。これで通じなかった国はない(サンプル:6か国)
あとはメニューに合わせて店員から質問がきたりする。ソースの味、焼き加減、付け合わせのパンの種類、ミルクの有無…ここは頑張ろう。店員も頑張ってコミュニケートしてくれる。俺は黒パンと白パンの2択を理解するのに2分を要した。
いざ料理が来たら食べよう。海外なので多少大きいかもしれない。食べよう
食べたら「Check、please」と店員を呼ぼう。レシートが運ばれてくるので、カードかキャッシュで支払い「thank you」と言い、外に出る。
 
こんな感じだ。ちなみにこぎれいな店を選びがちなのはメニューの有無がここでは大事だからだ。メニューがないとちょっと困る。また、ショーケースから選ぶ方式も指では伝わりづらかったりするので、カタカナ英語でもメニュー名を発音してあげると店員が喜ぶ。
 
今のところ観光地でそんなに愛想悪い店員には当たったことがない(お仕事中に談笑してるのは向こうではデフォなので、話しかけづらいというのはあるかもしれない)。気が良すぎると「日本から来たのかい!HAHAHA!もし今度また彼女を連れてきたらサービスしてあげるよ!だからトリップアドバイザーで高評価よろしくな!」と言われたりする。てか結構言われた。トリップアドバイザーすごい。
 
こんな感じだろうか。
とにもかくにも高等教育まで受けた人間なら単語レベルであれば、問題なく海外に行くことができると思う。あそこに時制は存在しない。旅の中ですべて英語で説明されるツアーに参加したが、3割位は説明を理解できた。それくらい結構単語って知っているものだ。ターゲット1800も必要ない。問題はきっとヒアリングで(room numberが聞き取れない)そこはなんとなく旅行中になれてきたりする。
こまったらGoogle翻訳とネットを駆使しよう。現代の一人旅は一人ではなくSNSなどで繋がりながら旅行している、なんて記事を見たこともある。それくらいインターネットはこの場合においては心強い。
それでも予定が狂うこともあるかもしれない。その時は村上の言葉を思い出そう。
だからそこにあっては、物事は我々の思惑どおりには展開しない。逆に言えば、物事がとんとんとうまく運ばないのが旅である。上手く運ばないからこそ、(中略)我々は旅をするのである。
 

 「雨天炎天」からの引用だけれども、こういうことである。

良き旅を!

 
 
 

2019年良かったもの20選

netflix
システムをここに入れるのはどうなのかというのもあるが個人的に今年はサブスクリプションの年だった。サブスクリプションにより情報がむき出しで殴りつけてくる感覚。その最たるものがネットフリックスだ。完全に生活を「食われて」いる。それは同時に、人生は消費には追い付かないという事でもあった
 Netflix (ネットフリックス) 日本 - 大好きな映画やドラマを楽しもう!


 ○ワンスアポンアタイムインハリウッド
タランティーノの新作。エクステンデッドも見て大満足した。見るたびに泣いてしまう。宇多丸とのインタビューでの「全編を羽毛のような幸福が覆っている」という言葉に尽きる。Blu-rayを買ったのでまだ見る予定だ。旅行の機内でも見た。何度見ても良い。


○スパイダーバース
スーパーグラフィックムービー。これはもう一つの極致です。アニメーションの回答ともいえる
 
 ○天冥の標
今最も面白い物語。物語の物理的なスケールもギミックもとにかく大きく、大きい意味がちゃんとある。まだ読書中だが、読み終わったらおもしろすぎてどうにかなってしまうかもしれない。
 
 
ストレンジャー・シングス
この時代にあの年代を描いて「つながる」という主軸で物語ることには大きな意味がある。我々はつながらなくてはならない。街を自転車で走り回らなければならない。これも面白すぎてシーズン3が怖くて見られない。
 
 ○ゼルダB0tW
ゲームの中でオープンワールドを作っちゃったすごいゲーム。ここ10年で最も遊んだゲームになっている。自転車に乗ったよつばのように「どこへでもいける!どこまででもいける!」となる
 
 
ビリヤニ(異国料理)
異国料理ブームに乗って、ちょこっと食べに行った。もっと食べたい。料理は面白い
 
 
 
○チルアウト・日本語ラップ
今年出会った音楽ジャンル。正確にはこれらの近縁なのかもしれないが、ハマった。チルという文化はもっと掘ってみたい
 
 
○FRENZ
ポップかはわからないが圧倒的カルチャー。祭りだわっしょい。ここ数年の創作の軸です
 
 
サカナクションライブ
今年行った唯一のライブ。楽しかったし、エンターテイメントだった。ポップでディスコティック。ドープに踊れ
 
 
○グラン・ヴァカンス
今年の読書ブームを引き起こした張本人。圧倒的文章表現に言語野が滋養で溢れた。飛浩隆の最新作怖くて読めてないのでそろそろ手を付けたい
 
 
○Citypop
今年出会った音楽ジャンル2。正確にはくるりのあれに連なる諸々。もしくは山下達郎
 
 
M-1(お笑い)
お笑いライブも見に行ったしM-1は面白かったし、良かった。特にかが屋が抜けて良い
 
 
○中国SF(三体・テッドチャン~
海外文学久々に読んだけどめっぽう面白かったっすね。あとブームに乗るってのもいいものだ。
 
 
ボドゲ
月一くらいでやっているので。人と時間を使う貴重な趣味なので出来るうちにやっておこう。KLASKをやれ
 
 
○温泉
温泉はポップカルチャー。旅行先でも近場でもデカい風呂はいい。サウナもちょっと好きになりかけている。整いたい
 
 
○千鳥
言わずと知れた確変中のタレントだが相席食堂とテレビ千鳥、今年は本当に面白かった。
 
 
ガルパン
2年弱に1度のお楽しみ。安心して楽しめてさらにその安心を超えてくるという保証がある稀有なコンテンツ
 
 
○おもろツイ
タツイというか、面白さだけを求めたツイート界隈。異形のツイートを求めてTwitterをさまよっている
 
 
○ジン
家に一瓶酒を持って置くココロ強さ

イスタンブールに一人旅したら絨毯の押し売りにあった

海外に一人旅をしたのなら、親切に話しかけてくる外人には気を付けよう。
もし現地の方との交流を期待して海外に行くのなら大いに交流した方がいい。
しかしそういうのを期待していないところに予期せぬ交流が起こったとしたら、第一に警戒をするべきだ。
なにせトラブルに巻き込まれたところで英語が話せない場合、海外では法的な手段はおろか周囲に助けを求めることもままならない。
 
それはイスタンブールに着いた初日、アヤソフィアの真ん前で開館待ちをしている時だった。実に現地に着いてから3時間。ほやほやの一人旅初心者に一人のトルコ人が声をかけてきた。
「Are you japanese? solo trip?」
現地での第1回現地交流にうろたえつつ「そうだ」みたいなことを言っていると相手はガンガン話しかけてくる。
「はぁ」なんて言っているともう一人トルコ人がやってくる「あぁ、こいつは俺の親族でね。近くで店をやっているんだ」
この時点でクロである。一人で来ている観光客に多勢でまくしたてるというのはまともな神経を持つ人間のやることではない。
一応「俺はこのモスクを見る予定なんだ。馬場(近くに競馬場があるとしきりに言われていた)を見るつもりはない」と抗弁するも
「じゃあこのモスクのフォトスポットを教えてあげるよ」なんてぐいぐいと路地へ連れていかれる。まともな神経を以下略

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↑フォトスポットを案内する怪しい人


結果、フォトスポットを案内されつつ、「いとこが日本にいてね。あぁ、俺の名前は『東郷』だHAHAHA」「俺とお前はもうトモダチだよな?」とか言われつつたどり着いたのは絨毯屋だった。ご存じペルシャ絨毯である。そう、これは絨毯押し売りの典型的な1例だ。今これも見ている人間はゆめゆめ引っかからないように。
ここでの教訓は、「知らない人に自分の行きたくないところに案内されそうになったらダッシュで逃げろ」だ。しまじろうだって似たようなことを言っている。
相手は語学で押し切ろうとしてくるが「Bye!」とか言って遠慮なく逃げたらいい。旅の恥は掻き捨てだ。
 
一応、店に入った後の話をするとこっからは典型的な押し売りの流れだ。チャイを飲ませ、部屋の奥のソファに座らせ周囲に親族(というらしいスタッフ)を座らせ
心理的物理的にに退路を断ち、次々に商品を見せてくる。そして「買えなんて言ってない。お気に入りを選ぶんだ。どっちがいい?」と執拗に2択3択で選択を迫る。
「No!」と言ってると「This is travel memory! Your mother's gift!」とか「お前が欲しい欲しくないではなく周囲の人々のために買え」と言ってくる。
きりがないので「I don't buy gift now」と演技じみて(多分言葉では伝わってない。買わないなら態度で示そうよ)言うと「No carpet?」と別のランプとかチャイグラスとかを
見せてくる。そこでも「Not for me」とか言ってるとついに「Get away! I waste my time! You say TOMODACHI! No?」となんだか逆切れされ、解放された。約40分の攻防だった。
 
ちなみに店内では、同じような一人旅の観光客が同じようにつかまっていた。奴らは一人で男で眼鏡の観光客を狙っている。みんな気を付けよう。
知らない人にはついていかない。知らない人がこちらに要求をして来たら従わないという事だ。それが海外ならなおさらだ。
 
もちろん、良い交流だってある。レストランでイカを食べていたら隣のおじいちゃんが「失礼、それはメニューのどこにある?美味いか?」と聞いてきたり
店員のお姉さんが俺のつたない注文に「Perfect!」と言ってくれたり。その程度かよ!海外行ったならもっと周りと肩組んで歌って踊って一晩相手の家泊まって人生最高の友達作ろうぜ!みたいな
意見もあるだろうが、夕焼けをバックにジャンプするアイコンの大学生が書いたnoteでも見ててくれ(インターネット悪口)。
 
余談だが、この2時間後、アヤソフィアを見て満足した俺の前を、同じ店で捕まっていた観光客が通り過ぎた。彼はなんだか大きな袋を不自然に抱えていた。

 

海外一人旅は気を付けろ!

2020年初心表明

あけましておめでとうございます。

2020年になりまして、2019年を思えば漫画一冊アニメ1本ほか寄稿、みたいな戦績でした。微妙。ネットに絵も上げていない。

割に色々旅に出て結構楽しかったです。

 

さて2020年、元号を初めてまたいだ年明けですがとりあえず抱負としては自分のアウトラインをしっかりしていこうと思っております。どうにも自分に疎く、自分が何を欲しているのかよくわからなくフラフラとしている事が多いので、しかし自分が何者かという内面への飽くなき問はそれはもう一生のものなわけで今更口に出すものでもないので、ニュートリノの観測方法のごとく、人工的に新しい元素を見つけ出すがごとく自分のアウトラインを異物との接触で規定して行くのを目標にしたいと思います。その中には奇跡的に一瞬の光を観測する接触もあるでしょう。そういう瞬間を大事にしていきたいと思います。

 

昨今様々なサブスクリプションで触れられる情報が莫大に増え、映像も音楽も今は連綿と続く海岸線で貝を拾うように楽しんでいます。いいものに出会うと嬉しい。

 

あと服もご飯もなんにせよ選び取るという行動を多くしていきたいです。選択には負荷がかかるのでポジティブな選択を積み重ねていきたいです。

今週のお題「2020年の抱負」、こんな感じでどうでしょうか。

 

本年もよろしくお願いいたします。

今年買ってよかった物五選

今年買って良かったものを列挙する。なぜなら今年は物を買ったからだ。まず、物を買うという行為を積極的に行う意味を朧げながらに理解したというのが収穫だった。それは尊厳である。貰い物とか、タダのものとかはとにかくお得だし先立つものは金なのだけど、しかるべき物にしかるべき値段を出し所有するというのは人間の尊厳を補強してくれる。身の丈に合わなくたって行為の記憶が経験が支えとなってくれるのだ。物を買って尊厳を守ろう。そんな尊厳の箇条書きが以下である。

 

○液タブ

高額だった。この購入の経緯はブログにも書いたが、稼働率もとにかく高かった。効能としてはとにかく絵を描くハードルが低い。iPadとかもそうだが、思い立ってペンを持てばすぐ絵が描ける気軽さは時間のない勤め人に有用だった。

 

○椅子

これもブログに書いた。使用感を書くと言って半年以上経ったが、結果問題はなく使えている。中古でも特に耐久性が低いとかいうこともなく長く腰の相棒になっていってくれるだろう。

 

○眼鏡

オシャレ眼鏡である。俺はこの眼鏡をオシャレだと思っている。そんな物を自分に買うことは珍しく、つまり見た目への投資をしたということだ。見た目への投資と自分の充足感が釣り合う買い物をしたのは初めてだった。これは良いことだと思うので、充足することで結果見た目も世間の平均に近づける運動は継続していきたい。

 

○欲しい服

上に同じく。とにかくスタンドカラーのシャツが欲しくて、買ってしまった。なんかイカすと思いませんか?スタンドカラー

 

○コット

キャンプ道具である。つまり簡易ベッドだが、友人宅に泊まるときにも少し重さを我慢すれば快適な眠りにつける物だ。もう徹夜をしない身体になって睡眠が大事だと気付いた今、フローリングに座布団では到底快眠は無理だ。コットでぐっすり、これに尽きる。

 

以上、買って良かった物五選でした。来年もこの方向の満足が出来れば人生上々である。

今年見たコンテンツ諸々(映画他)

平成と令和を跨ぐ今年は文化的な年であった。よく見、よく聴き、よく食べ、よく行った。文化的、と言うのは文化を五感を横断する座だと考えているからである。五感を使い、横溢するカルチャーの糸をたぐり解きほぐすという地道な働きかけでしか文化は感じられず、その働きかけの過程を教養というのだと思っている。その点それぞれの感覚に働きかける行動は、行動という見方をすれば別(出力が別)だが大元は同じ欲求に突き動かされているという例が今年は多かった。つまり、文化的だったということだ。

 

なんとなくのトピックとして

・SF面白い

飛浩隆から始まり、今年はSFの年だった。とにかく天冥の標が今完全にやばい。ここ半年はずっとこんな感じです。久々に、脳に新鮮な酸素が行き渡るようなセンスオブワンダーを浴びている。遡って、活字の良さに最近回帰している。売られている活字をしっかり読むこと、活字を自分の意思で、時間軸で読むことの大切さは認識していきたい。

・シティポップ良い

山下達郎から始まり、シティポップ界隈の音楽を好きになった。ライブはサカナクションがとにかく良かった。チルアウト論には疎いのだけど、まさにチルという概念に触れた年であった。

・カレー美味しい

カレーというか、辛いものが割と好きだと気づいた。スパイスの旨みだろうか。そこから多国籍料理に関心は移っている。様々な国の料理を食べるのを趣味にしたい。

 

そして今年の羅列が以下

○今年見た映画

・シャーロックホームズ シャドウゲーム

・アクアマン

インターステラー

・ファーストマン

スパイダーマン スパイダーバース

・ROMA

海獣の子供

・劇場版ガールズアンドパンツァー第2章

・シャークネード

・シャークネード2

ロンドンゾンビ紀行

・アリータ バトルエンジェル

・ワンスアポンアタイムインハリウッド

・アド・アストラ

ジョン・ウィック3

・ナイスガイズ

冷たい熱帯魚

・MEGザモンスター

カウボーイビバップ天国への扉

スターウォーズスカイウォーカーの夜明け)

 

○今年見た映画じゃなくて良かったやつ

ストレンジャーシングス1・2

・キャロルアンドチューズディ(1期)

氷菓(観賞会)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン(途中)

 

特にスパイダーバース、ワンアポ、ストレンジャーシングスが良かった。

 

あと旅行も、キャンプ中心(というか温泉宿以外は全てキャンプだ)に四国を制覇したり房総に繰り出したりと様々だった。キャンプはいいぞ。

 

そんな感じで、来年も様々に触れていきたい。触れなければ感じられない。物事はフリック程度の接触では感じられないことばかりなのだ。