firstlot13のブログ

同人作家の同人以外の雑記が主です

アーロンになりたい

前々から歯医者に通っていたが遂に一本完全な差し歯になった。

硬化プラスチックで作られた歯は見た目は周りと同じだがそれを埋め込まれた方からすれば違和感が凄い(まだ初日だからというのはあろうが)。

差し歯といえばチュートリアル福田やハリセンボンのはるかが思い浮かぶがまさか自分がそうなるとは考えてもいなかった。まぁこれも全ては自堕落な歯のメンテナンスが招いた結果なので抗うことは出来ないのだけど。

さらにもう一本も銀歯になる予定であり、歯の治療はまだ続く。こうなると羨ましいのはサメである。

 

サメは歯が抜けても同じものが生えてくると聞く。ONE PIECEの魚人アーロンは自分の歯を丸ごと自分で引っこ抜く荒技を使ってルフィと渡り合っていた。全く、アーロンが羨ましい。なぜ歯は新しく生えてこないのか。大体歯の治療も治療である。削れたら埋め合わせ、無くなったら代わりの歯をはめ込むなんてなんて原始的。先史時代にさえ儀礼的に歯を抜く行為は行われていてそこから一向に参加していない。歯を磨くとか抜くとかもっと上手く運用できないのか。

そうやって神の不在を嘆き歯噛みすると、歯の奥からカチリとプラスチックの音がする。

とりあえずセラミックの歯にする金が欲しい。

 

新星漫才選集を見に行った

 

これを見に行った。お笑いライブを見に行くのは磁石の単独公演に続き二度目のことになる。今回は合同ライブだったので色々な漫才が見られて良かった。

やはりテレビと生で見るのとは違うもので立体的な動きや客いじり、ハプニングなどさまざまな角度から芸人を見るのは新鮮な経験だった。

 

◯ゆにばーす

今回のお目当てその1。けっこうはらさんの動きがある漫才でなかなか見ない形のネタだったのでは。川瀬名人の言葉使いと言いかたはやはり面白い。

 

ダンビラムーチョ

掴みが二段階あったけれどどちらもお客さんを巻き込む形が良かった。名曲になる件は前半の盛り下がりを完全に巻き返していてしてやられたな〜という感じ。本ネタの方ももっとワードが放り込めそうでもっと面白くなりそう。

 

マヂカルラブリー

お目当てその2。掴みの「でっかい海老で〜す」が聞けただけでだいぶ満足した。そこからの営業っぽい流れもテレビじゃ見られない雰囲気。村上の仕切り感と野田クリスタルのキレのあるボケを見てると平場でもめちゃくちゃ面白い。本ネタもここであの手元で完結するネタをやることがまずおかしいのに、いまいち誰も理解出来ないネタで完走する力技も素晴らしい。最後の四天王のくだりめちゃくちゃ笑った。

 

東京ホテイソン

霜降り明星と同じラインなのであまりハマってなかった(霜降りも一昨年まではあまり……だったけど今年はピカイチだった)けど短歌のとこは完全にツボだった。これはボケ→理解を超えたツッコミ→追い説明ツッコミという新しい流れが確立すればM-1獲れるのでは?という可能性すら感じる。「字溢れ」「溢れすぎてもはやポエム」の流れや後半の「コボちゃんのオチ」なんて一瞬では理解させないワードチョイスがあまりに良い。

 

レイザーラモン

そーいやコンビだったね……という活躍の仕方をしているけど漫才は確かに漫才で、とことんくだらない地盤からどこまで話が飛んでいくのかという荒唐無稽な面白さがとても良かった。舞台の使い方も手馴れているというか、今回随一の華があるコンビだったなー、と。

◯インディアンス

今回笑ったネタ二位。

ほぼアドリブらしい感じでも、THE MANZAIプレマスターズの勝ち抜けをしただけはありバカスカウケていた。

俺はお笑い芸人に安易に「かわい〜」という人間が嫌いだけどこれは流石にかわい〜の域に入っていたと思う。「ツッコミがボケを好きすぎてツボに入る」という状態は割とあって、アンタッチャブルは漫才中舞台で笑いすぎて柴田が倒れたしハライチも岩井が会場を無視して同じ所をやり続けたりしている。そんな事が今回起こっていた。

田渕のキャラを「このキャラ俺好きなんすよ」と舞台で発表する木村というなんなんだよという状態だがそれで客が笑えば良いのだ。何気に最後の、センターマイクをホテルに見立てるという強引過ぎる流れも良かった。ネタ見てぇ〜。

 

ギャロップ

今回一番笑った。笑いすぎて記憶がないくらい笑ったと思う。M-1で奮わなかったのは緊張では……というくらいスムーズな導入。こんなにハゲを使い倒した8分があるのかというほどに「運動会に行くときハゲを隠す」という話が広がりまくる。イデオロギーのぶつかり合いという意味ではブラックマヨネーズもかくやという舌鋒鋭いボケとツッコミの応酬で「帽子で隠せばいい」「走ったら落ちるやろ」「じゃあ落ちない帽子使えや。水泳帽とか」「お前運動会に水泳帽被って行ってそのまま徒競走したら先生に『ここ陸上なんで』って言われるやろ!」なんて論理展開をされたら笑うしかないのだ。前がアドリブ満載だった分余計に完成された漫才が際立ったのか……これで単独やるんだからすげーよ。本当に面白かった。

 

とろサーモン

自分の不祥事をとことん笑いに変えていく久保田に「お前まだ喪中やぞ!!」という村田の今日一の叫びが刺さる。ひたすら脱線する漫才の核に「石焼き芋」という全員知ってるネタを配置して最後までギリギリを攻める話芸はやはり逸品。地味に久保田もやりたい放題している。「女帝」って言うな。

 

◯和牛

お笑いライブは割と女性が多いイメージだったけど今回のそんな層のほとんどは和牛を見に来ている……と紹介映像への黄色い叫びで実感した。だってライブ後ツイッター漁っても和牛の近況しか出てこないんだもん。そんな大人気漫才師はだいぶお疲れのようで噛むし声は掠れてるしなんだか大変そうだなという感想。でもしっかり漫才のフォーマットをいじったり(見えない事を使った強引な場面転換)最後の畳み掛けかたは流石というか盤石。未だに進化していると思うと今年悲願の優勝もあるなーという。

 

そんな感じで大変満足でした。今年はこっち方面にも手を出していきたいなー。

 

cintiq16を買った

液タブを買った。

理由は特にないけれど、買いたくなったからだ。板タブを使って早7年になる。絵を描く時の汗、絵をけなされたときの涙、描きたい絵が描けなくて噛み締めた唇の血、お腹を満たすラーメンの汁、眠気を覚ますコーヒーの雫、寝落ちした時の涎寝落ちして起きた時の欠伸の涙眠気を覚ますエナドリその他諸々が染み付いた唯一無二の相棒だ。

そんな相棒を手放して液タブに手を出すまでにはかなりの時間を要した。数ある中華製液タブとの比較、実際にワコムストアに馳せ参じての試し書き、ネットショップでの値段……しかし液タブの低価格化には拍車がかかっており、なんかもう仕事は嫌だしこれくらいなら払えるぜと気が大きくなったので(なおこのあとに諸々の大型出費が待ち構えている事を忘れており今死んでいる)昼飯を片手にスマホで大型出費をカマしたのだった。

 

カマしたは良いのだけどこのcintiq16、あまりにも発売日から日がたっていないのでネットに参考記事がない。買ったという報告のそのさきを聞きたいのだ。なのでそんな迷える子羊に向けて自分の買ってからのセッティングを紹介しようと思う。ちなみにPCの知識量は全く無いです。

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◯届く〜接続

その情報の少なさゆえcintiq16がどのような接続を要するものなのかを事前に調べることはできなかった(スペックを見ろ)。しかし届いてみれば接続は容易でありワコムはこの容易さにかまけているなと思った(事実同封されている説明書はIKEAのそれのように文字がなく、3ステップで終わるものだった)。

封入物は

・液タブ本体

・ペン

・三又のケーブル(HDMI、USB、電源)

・コンセントにさすケーブル

これだけだ。

つまりセットアップは液タブにケーブルを挿し(挿し口は一つ)三又に分かれたもう片方のうち二つをパソコンのそれぞれ対応するところに挿し、残りはコンセントに挿すケーブルに繋げればそれで終わりである。簡単だ。

あとはPC内の旧ドライバ(自分の場合はbambooのドライバ)をアンイストールし、最新のものをインストール。その後ペン設定やタッチの設定を煮るなり焼くなりすれば良い。

ここまではスムーズ。しかしここからは少し面倒だった。

 

◯クリスタで描画する

液タブを買ったからには絵を描かなくてはならないので 早速クリップスタジオを液タブに表示させる。と、何か文字がぼやけた感じになる。慌ててクリスタをほかのモニタにドラッグするとそこでは普通の表示になっている。つまり液タブの何かがおかしい。

そこで液タブにブラウザを表示させるとこれも普通に見られる。つまりクリスタを液タブで表示した時のみなにかキャンパスがぼやけてしまっている。

クリップスタジオには公式のもうけたネット質問箱があるのだが、この不具合に関しては報告がない。近しい例ではWindows8.1でcintiq pro16を使った時に同じ症状が出ている。が、この解決法は8と10の違いで試せなかった。

試行錯誤の結果、PC側で液タブの画面表示設定を「150%(推奨)」から「100%」にすることで解決した。

おそらくクリスタのみ液タブ上でウィンドウが拡大表示されており、これに伴うぼやけが発生していたらしい。もしお悩みの方はお試しあれ

※おそらくこれは急場凌ぎであり、この画面表示設定はクリスタだけでなくブラウザその他にも適用される。ブラウザは液タブに対していい感じに拡大がなされていたので、大きめの字で快適なブラウジングが出来ていた。これも普通の表示になってしまうので少し液タブ上でのブラウジングはしづらい。まぁ絵を描くために買ってるしな!と割り切っている。

 

他にも問題は起きていて、これは特殊な例だけど液タブをPCにつなぐ際何かしらの出力ポートを使用する。元々モニタを三枚使っていたのでここに液タブが加わり使用モニタは計4枚になったのだが、PCのキャパが追っつかなくなった。ポートが足りないのだ。これはUSBをHDMIに変換するケーブルを買ってそこにモニタをつなぎ対処したが、あまり褒められる形ではないらしい。まぁいざとなればテレビをSwitch専用にするという手もあるだろう。

 

と、つらつらと書いてきたがこの時点でおおよその問題は解決している。ここまでが週末の出来事だ。液タブは順調に稼働しており落書きが捗る。自分はわりと良いタイミングで買ったと思っているが、もし悩んでいる人がいたら買ってしまえばいいのだ(無責任な!)

 

あと残る問題はキーボードの位置が決まらないことで、これは近々キーボードアームやスライドレールなどで解決しようと思っている。とりあえず今のコンタクトの空き箱を使った対処はあまりにも場当たり的だ。

 

とりあえずこんな所で。また配置など変わったら紹介したい。こういう機材紹介は好きだ。最近復活した「ニコマスとP」というwebマガジン(何を隠そう取材を受けたことがある)には定期的にニコマスPの機材を特集したコーナーが載っていて、全くゲームキャプチャとかしないくせに熟読していた。

 

ではでは。

 

 

気がまぎれること

リフレッシュとか自分へのご褒美とかそういうものをあまりやったことがない。その行為の代表格(旅行とか美味しいもの食べるとか)はやったことがあってもそれはリフレッシュのためにやっているのではないからだ(大抵の予定は行き当たりばったりと金の都合で決まるので)。しかし最近「これは心に効くのでは」となったことがある。

 

・こってりラーメンを食べる

・サウナに入る

・ジムに行く

 

この3つは心の疲労に効くみたいだ。しかも全てを両立出来る(1つ目のために下の3つをやる人もいるだろう)。

最近新しいことに手を出すことが増えてきて何処へでもいける感じがつかめてきている。全体の閉塞において部分で開放を得ていくというか。多分これを極めても何か起こるわけではないのだろうけど……。

 

とりあえず早々に本を読むことに手を出したい。ノンフィクションで。

 

 

 

すぐにカレーか沖縄そば

嫌になることがあり、嫌になることばっかりだ。全てを身体から引き剝がしたい。仕事を、人付き合いを、責任を社会保険料を肩甲骨を、身軽になって誰も知らない南の孤島でハンモックに揺れながら今月の新刊を読む暮らしがしたいと思うことは多々あるがそんなことが非現実的であることは分かっているので、せめてものささやかな抵抗としてインドカレー屋か沖縄そば屋に入ることがある。

 

それは2つとも現実ばなれした味がするからだ。せめて舌の上だけでも海を越えたいという切実な欲求が脚を動かすのだ。利点としてはインドカレー沖縄そばも、現実ばなれした味の割に都内に店が多くある。どこにいても少し移動すれば都内ならいずれかはあるだろう。これがブルガリア料理やガーナ料理ではダメである。かと言ってフランス料理では値が張る。中華では逆にローカライズが過ぎる。手軽にそこら辺で異国の雰囲気を味わうにはインドカレー沖縄そばに限る。しかも大抵うまいし。

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そうして大ぶりなナンを千切ったりスパムご飯を食べたりしていると束の間ではあるがそこはガンジス川のほとりであり糸満市であったりするのだ。ネパールの可能性もままある。そうして食後のラッシーなんぞを飲めば気分はインド人だ。ヒマラヤを超えてくるナポレオンを倒すが如く会社に象で突っ込んでやろうかという気概がみるみる湧いてくるがそうはいかない。象が手に入らないからだ。

 

という感じで美味しいインドカレー屋、沖縄料理屋を探しています。都内で情報をください。

いかにして作業中に爆笑をするようになったか(もしくはハライチのターン!のダイレクトマーケティング)

部屋にいる間常に何かを聴いている人間なので作業中に何を聴くかというのは至上命題になる。幸い音楽業界はストリーミングに舵を切っており聖徳太子が10000年生きても聴ききれないコンテンツに容易に手を伸ばすことが出来る中、ここ一年芸人のラジオを聴くことが増えた。

 

そもそも作業中に人の話を聞くというのは昔からやっていて、主にニコ生を聴きあさる事でその欲求を満たしていた。しかしここでネックになるのが「アクティブにニコ生してる人女性多い問題」だ。アクティブというのはある程度コメントが付いている放送のことであり、コメントがない放送は無言のそれになる事が多く作業には向かない。そしてコメントが付くような人は大抵女性なのだ。別に闇が深いとかではなく単純に私は女性の話だけを延々聴くのが苦手である。それが複数ならなおさら苦手で、そのような放送は避けるようにしていた。

結果作業中に聞くのはおじさんが一人で置き引きされた話をするようなコメントもつかないニコ生だったし、それはそれで捗るのだけど当たり外れが異様に大きいのが問題だった。そのムラを埋めるために様々なニコ生を聴きあさり、たどり着いたのは芸人のラジオだったのだ。

 

何故声優でもなく普通のパーソナリティでもなく芸人なのか。それは芸人は大抵おじさんであり、しかも面白いおじさんだからだ。

(一つ、てさぐれ!部活もののラジオだけは声優ラジオでも聴いていた。何故かはわからない。その中でもプルンプルン以下略の荻野可鈴上坂すみれ回は異世界交流モノとしてE.T.に並ぶ傑作であり会話劇としても比類なき完成度を誇っている)

そんな面白いおじさんのラジオの中で最も聴いているのが、『ハライチのターン』だ。

 

1年ほど前『ターン』の話題がワッと増えたような気がする。そのきっかけになったのはこの動画だ。ハライチ岩井 フリートーク集 - YouTube

この動画のハライチ岩井の語りはどれも素晴らしい。ひたすら地味な日常がいきなり不条理なファンタジックに飛躍する会話はまさしくハライチ漫才の根幹をなすものだろう(コントラバス、すぐ帰りたい、怪談バー、カルビ専用ご飯が好き)

ここからログを聴きあさり(なんかこれも5chの板で叩かれてたけど)時間軸に追いつきそうになると過去回を聴きなおし、ここ一年はハライチにハマりっぱなしである。最近なんとなくお笑いはワードセンスと大喜利力の比重が高まっている気がするけれど、このラジオで語られるなんの意味もない嘘とそれを突き詰めるディテール(あるある好きが故の)はお笑いの地力を見せつけていると思う。

(余談だけど個人的には小ネタを延々挟むネタが好き)

その意味のない話の翻訳作業を行なっているのが澤部の相槌で、普通の相槌の語彙とタイミングを図らせたら今最も脂が乗っているとも言える「普通」の相槌があるからこそ岩井の話が容易に脳裏に浮かび、笑えるのだ。それを思うとやはりハライチが二人いてよかったなぁ(誰?)(もっとも、澤部も割と岩井に乗らされたり影響されたりでどんどん嘘を吐くようになってきていて、岩手旅行時に最後楽屋で着替えてタクシーで帰ったとか、飼い犬をスラムダンクに例える件を延々やるとか時々壊れたりする)

 

と言うように一通り沼にハマってみて見えてきたのは周りの沼の豊富さだ。そもそも深夜ラジオにはオールナイトニッポンという聖域があり、そこだけでも膨大なアーカイブがある。さらにネットラジオという媒体を含めればその数は無限に近く作業には一向に困らない。これに触発されて最近お笑い熱が再燃しており、二月に人生2回目のお笑いライブのチケットも買ってしまった。今年は色々とお笑いの舞台も見てみたいなと思っている。

 

とりあえずハライチのターン!は是非聞いてみてほしい。聞けないのであれば文春で岩井がラジオでした話をエッセイに仕立てて今連載しているのでそっちを読んでみてもいい。おススメです。

夜を歩く

 

大月駅に終電で寝過ごして来てしまった方へ。始発を待つ方法はコレ! | SPOT

 

こんな記事が話題になっていた。さまざまなメンションで色々な終着駅の情報が得られて、日本の終着の多さが身に染みる。そして夜歩くという行為へのそこはかとない憧憬も。

 

自分も終着駅へ乗り過ごし、歩いて帰った記憶がある。また初詣に行くために県をまたいで神社へ歩いたり、さわやかのハンバーグを求めて浜松をさまよったりしたこともある。大体において歩くのが好きなのだ。移動手段として好きなのは徒歩と自転車、次いでバス電車と来て飛行機だ。

 

何故歩くのが好きなのかと聞かれると、登山家よろしく「そこに道があるからだ」と応えるだろう。世界は道で満ちている。道満ちている。世界に延びた毛細血管の末端を常に僕らは歩いている。その血管の絡まりは世界を覆うテクスチャであり面である。その面を感じられるのが徒歩の一番の魅力だろう。特に夜は堪らない。冬の夜が良い。得体の知れない物音と部屋から漏れる明かりと、国道を走る車が照らす風景は昼間のそれと一線を画す顔をしている。キリンジのエイリアンズに歌われる「まるで僕らはエイリアンズ」の世界だ。

 

昼間も良い。知らない街の昼間はよそよそしくも懐かしい。知らない人達が知らない生活をしている中歩く違和感。行きつけのタバコ屋が、よく見るおばさんが、有名な辻が自分には初めてなものだと言う優越にも似た感情。そこから見える自分との共通項はどんなナショナリズムよりも鮮烈に残るだろう。

 

本当の世界は観光地ではなく、その辺にあるものなのだ。観光地をつなぐバスの待合室に貼られた読めない地名の路線図や、車窓から見える雪原にポツンと建つ小屋や、仕事の外回り中ふと目にした公園で遊ぶ子供のようなその集積が世界である。世界を丁寧に拾う行為が歩くと言うことなのだ。

 

好きなゲームに、異国のグーグルマップにランダムに飛ばされ、どこかもわからぬまま彷徨うゲームがある。自分の時は北米五大湖の近くに飛ばされたのだけど、その看板の文字を読むことや植生を見ることと言った細かな観察行為は今でも覚えている。おそらく知らない世界はこんなにも美しい。アイマスのShiny Smileでだって「宝箱を開ける 事の本当繰り替えし」と言うような宝箱はその辺にあるし、その身近な宝箱は夜の近所なのかもしれない。

 

枕を捨てよ、街に出よう。