続けてもいいから嘘は歌わないで

同人作家の同人以外の雑記が主です

日記(噛み合わせ・大人)

某日
歯医者でかみ合わせが複数あることを指摘された。生まれてからこういう(嚙み合わせが複数ある)感覚だったので普通はそうじゃないんだと驚く。
歯(科医)曰く下あごが小さいことが原因らしい。下あごが小さいことと自分の顔の形状がピザの1ピースに似ていることが頭の中でつながり、なるほど!と思う。やっぱりこういう具体的要因が身体に付与されて(悪くない)レッテルが貼られていく感じは面白い。もっと自分のカラダが知りたい。

某日
献血の成分結果が郵便で届いてγGPTの数値などが判明。こういうミクロなカラダのあれそれは別に知りたいわけでもないな。

某日
Pitrestでファッション誌の画像を模写するのが面白い。いろんな服とマブいスケ(美目麗しい女性の最悪の言い方)を見ていると頭がくらくらする。
世の中は美にあふれている。みんなこんなこと考えながら生きているのか。あと服とか小物を模写することである程度所有欲が満たせるので楽しい。
スピリチュアル系YouTubeチャンネルが売りに出されているのを見た。売りにというのは運営者がチャンネルを手放して、代わりに誰かがそのチャンネルを買うということだ。メリットはチャンネルにつく広告収益。その売り文句が『スピ/神秘系のチャンネルなので季節に左右されない安定したアクセスが望めます』だった。見る人が見ればスピリチュアルって『季節に左右されない安定したコンテンツ』なんだなと思う。そういう色眼鏡で様々なコンテンツを見ている仕事があるのだなと思うと、まだそれがグロテスクに感じる自分がいる。そういう見え方こそがある種、大人(に要請されるもの)だとは頭で理解しているのだけど。
大人といえばもう「大盛り無料」の店で大盛りを頼まなくなった。し、「大盛り無料」にメリットを感じなくなっている。これは俺の胃腸に問題があるというのもあるし年齢のせいもあるだろう。でも会社の同期は同期なのにもりもりと大盛りを食べていた。こうしていろいろな大人の定義がある。
ちなみに最もクレバーな大人の定義は、座王でのモンスターエンジンの西森の大喜利の回答「ソファーを運んでいてL字の角を通る時、一度に行くのではなく二度に分けて通過する」です。面白いしクレバーすぎる